小説モドキ

山の鬼。(後編)

老婆の遺骸は戸板に乗せられて奉行所に運び込まれ中庭に置かれた。お奉行までが庭ぞうりを履き老婆の手をとって『わしが無理を頼まず、村で暮らしていればこんな事にはならなかったろうに。許してくれ。』と涙を流した。 検死の結果は僧の言うとおり、首が…

山の鬼。(前編)

山のふもとの茶屋で僧が休んでいると、峠から青ざめた顔をした旅人が下ってきて倒れ込む様に茶屋の前に座り込んでしまった。茶屋の者が抱え込んで奥の座敷につれて行き、水を飲ませ、甘酒をすすらせると旅人も人心地がついたらしく、峠の家から逃げてきたと…

火遊び。(続き)

彼と初めて関係を持ったのは、2度目に彼が東京に泊まった時だった。前回と同じ様に昼食にお勧めランチを食べ、夕食も前回と同じホテルのステーキハウスだった。違ったのは、彼が名刺を出して自己紹介を始めた事だった。そして『あなたとご一緒する食事はと…

火遊び。

社会人になった春苗は朝早く出勤して行くけど、大学生の晃彦は朝が定まらないので私の仕事がある月~木曜は食卓に朝食を用意して私も家を出てしまう。でも今日は金曜なので大きなカップで食後のコーヒーを楽しんでいるとガタガタと騒々しく晃彦が起きてきた…

藤原先輩の苦悩。

カルロスとエミの最初のCDはミリオンセラーになったが、販売戦略だった『東洋の妖精』が出てきたので、フランス国内では2枚目以降のCDの売り上げは伸びなかった。だが、それまでの宣伝効果が功を奏し、カルロスとエミは演奏旅行に世界中を飛び回り、ス…

エミとの再会。

俺と紗綾子さんがカルロスに会ってから約半年後。テレビで『カルロス東洋の妖精を発見』という番組が流され、翌日にはカルロスとエミのCDが発売された。俺はこの時初めてエミがパリに来ていて、カルロスと録音までしていた事を知った。ところが、エミが見…

カルロスの成功は俺のおかげ?。

先輩の忠告を聞き入れた1週間後に、紗綾子さんと2人でカルロスが演奏していたスパニッシュ・レストランに行くと、カルロスは契約を打ち切っていなくなっていた。店主もカルロスが何処へ行ったか知らなかった。 しょげ返る俺を見て紗綾子さんも自分の事の様…

エミは俺の運命まで左右する?。

紗綾子さんと共に先輩の家に戻った時には、まだ先輩は帰っていなかった。奥様が電話すると1時間ほどで先輩が帰宅した。 「先輩。紗綾子さんのおかげでカルロスと冷静に話が出来ました。」 『おや~。ずいぶんスッキリした顔だな。良い知らせだったのか。』 …

カルロスの苦悩。

先に立って歩いていたカルロスは控え室にギターと花束を置いて、店の裏口を出ると直ぐに『エミはどうしているんだ。』と聞いてきた。俺が怒りでカルロスを睨みつけていると、紗綾子さんが『エミも行方不明なの。』と言った。カルロスはくず折れるように頭を…

俺は土日も無く働く。

先輩の奥さんがパリに来てからの俺は更に忙しくなった。休めるはずのたまの休日も先輩の奥さんをあちこち案内するプライベートな仕事が入ってきた。実際にパリを案内するのは紗綾子さんで、俺はボディーガードで荷物持ちで、遠出をする時のドライバーだった…

藤原先輩の妹はパリで遊学中。

パリでの先輩の肩書きは『調査室長』で俺は『調査主任』となり、各種会議に出席したり、多くの人と会ったりと仕事は多忙を極めた。 特にスイスには頻繁に出かけ、時にはドイツやイタリアにも足を伸ばした。そのほとんどが藤原先輩の個人的なつながりによる交…

親も人生の曲がり角にいる?。

9月12日に親父とお袋が京都に来て柚子屋旅館に宿をとり、夜は一心居で食事をした。 『スペインではカルロス・モレーノが行方不明。恵美子の消息も判らなかった。母さんもスペインに行って心のケリはついたみたいだ。なあ、そうだろう。』 『カルロスも行…

スペインでの恵美子探し。

8月27日。成田空港が夏休みの帰国組で込み合う頃に親父とお袋がマドリードに旅立った。そして、9月4日の早朝に親父からメールが来た。 マドリードの初日は日本大使館に行き、通訳兼運転手の紹介を頼み、翌日の午後までには手配してもらう事になった。昼…

駄々っ子の様なお袋の言い分。

お盆明けに、10月1日付けで藤原先輩と俺がパリへ転勤すると決まった。約1ヶ月先の事だが、海外転勤となれば独り者でも忙しくなるので親父に知らせておこうと電話をかけた。 「もしもし、親父。俺だけど、藤原先輩とパリの転勤が内定した。」 『それはい…

俺のルーツ。

鬱陶しかった梅雨が終わり、今日も真夏の太陽が照りつける様になった。そんな夏の昼休みに先輩が何も言わずに近寄ってきて静かに隣の椅子に腰掛けた。 『なあ。何を考えている。夏休みは何をしようかなとでも考えていたか。』 「いえ、外は暑いだろうなと思…

エミ探しの行き詰まり。

ウィーンからメールがあって1週間ほどした頃に、珍しく親父から手紙がきた。部屋に入って急いで封を切ると手紙とザッハーホテルで受け取ったフラメンコ楽団員名のコピーが入っていた。 ケン。お前にも苦労をかけて申し訳ないと思う。だがお前はお前の仕事に…

やはりエミは恋をしていた?。

8日前の早朝に親父から『エミが去年の1月にカードで3回ウィーンのホテルの支払いをしているので近いうちにウィーンに行く。』と電話がかかってきた。そして、今日は親父からの早朝メールだ。仕事中に私事を挟まない様にとの配慮かもしれないが朝はやめて…

パズルの様なエミの手がかり。

残業の仕事中に親父から電話があった。エミの貯金を下ろしたデーターをエクセルで作ったから携帯メールでなくパソコンの方に送ったとの連絡だった。 残業中だったが、エミの事が心配で直ぐに開いてみた。帰国直後に親父が話した通り1年半ほどのエミの引き出…

約3週間。親父達が帰国した。

お爺ちゃんの見舞いから帰って、そろそろ寝ようとしていたら、親父から電話がきた。 『ケンか、今日帰ってきて家についた。』 「疲れなかった?。」 『理由が理由だけに精神的に疲れた。ちょっと待ってくれ母さんに代わる。』 「母さん疲れたでしょう。具合…

生徒は助かったけど、お婆ちゃんは死んだ。

2週間前にお爺ちゃんを見舞った時と同じ様に、夜行バスで東京へ向かった。朝飯も同じ所で食べたけど、お土産は前回とは目先を変えた。 ノックしてお爺ちゃんの部屋に入ると、お爺ちゃんは机に向かって何か書いていた。 「お爺ちゃん!!。何を書いているの…

お婆ちゃんはなぜ死んだんだろう?。

俺がまだ赤ん坊の時にお婆ちゃんは死んだと聞いていたが、何で死んだのかは今も知らない。お爺ちゃんがマンションに同居していたら聞いていたかもしれないが、お爺ちゃんがアパートに引っ越してしまうと、俺には妹という強力なライバルが育ってきていた。そ…

親父がお爺ちゃんに金の無心?。

お爺ちゃんを見舞って日記を預かってきたけれど、今週はその日記を読む時間が取れないままに週末になってしまった。土曜日も仏・独会話だけでなく仕事もこなし、帰宅してくつろいだのは、まもなく日曜になる頃だった。 お爺ちゃんの日記を古い順に本棚に並べ…

お爺ちゃんの日記。

そろそろウィーンに出発の日取りかなと思う頃、珍しくお袋からメールがきた。明日の午後に成田からヨーロッパに発つとの内容だった。エミの事で不安だろうと思い、メールでの返信はやめて電話すると、やはり悪い想像ばかりしていた。あまり慰めにはならない…

親父が退職して最高運営役員(COO)になる?。

去年の8月下旬。藤原先輩にフランス語とドイツ語の会話に不自由しないようにしろと指示された。先輩の指示なので、ネイティブの先生に個人レッスンをお願いしてからほぼ10ヶ月。金はかかるし、フランス語とドイツ語の同時進行は厳しいし、くじけそうな頃…

歯車の1つになって。

俺が藤原先輩に一本釣されて入社した2年目の夏に、突然妹から電話がかかってきた。半月ほどの予定で日本に帰ってきたそうだ。 『お兄ちゃん、関西系の銀行なんかに就職して!そんなに東京に戻りたくないの?。』 「いつ帰ってきたんだよ。お袋とも電話して…

親父も俺もかなわない相手。

7月の株主総会の結果、親父は専務を逃し常務になった。専務になったのは親父の昔からのライバルだった京大卒の山口という男だった。 親父に言わせれば山口は可も無く不可も無い目立たない男なので、筆頭部長を兼務した親父は、出世争いでは山口を完全に突き…

息子と娘にかける親の愛。

エミがウィーンへ行きたいと言い出してから1年。最終学年となった俺は卒論もほぼ書き上がっているので、いつでも教授に見せる事ができる。今年の大目標は大蔵省へのチャレンジだ。唯一の不安は仕送りの件だが、4月と5月には8万円振り込まれた。勿論、エ…

親子の夢のすれ違い。

東京に比べると、京都の夏は暑く冬も寒い。このアパートに住んで3年になるが、いまだに夏の暑さと冬の寒さには慣れない。受験前の皮算用では仕送りに15万円。少なくとも12万円はもらえると思っていた。ところが、8万円しか出せないという事で、仕方な…

妹のピアノ部屋。

俺が爺ちゃんの防音室に入れてもらってから間もなく妹が生まれた。俺が小学校に上がる前に、爺ちゃんはアパートに引っ越した。お袋の話では爺ちゃんがアパートに行くと言い出して引っ越したそうだ。爺ちゃんの部屋が空いたら、お袋は子供の頃からの夢だった…

魔法の箱。

僕の家はマンションの6階です。 そこに、僕とお母さんとお父さんとお爺ちゃんがいます。 お爺ちゃんは田舎にいましたが、お婆ちゃんが死んだので僕の家に来ました。 お爺ちゃんは一番小さな部屋にいます。 そこに防音室を作ったので部屋はすごく狭くなりま…