親も人生の曲がり角にいる?。

 9月12日に親父とお袋が京都に来て柚子屋旅館に宿をとり、夜は一心居で食事をした。
 
『スペインではカルロス・モレーノが行方不明。恵美子の消息も判らなかった。母さんもスペインに行って心のケリはついたみたいだ。なあ、そうだろう。』
『カルロスも行方不明なんだから、おあいこだと思う事にしたの。』
「そう考えた方が精神的にはいいかも。」
『ところでケンチャン。お爺ちゃんの所へ行ってくれたみたいね。』
「ウン。母さん達がスペインに行っている間にパリ転勤の話をしてきた。」
『そのはずなんだけど、お爺ちゃん何か勘違いしてる気がするの。ケンチャンがね、もうパリに行ったと思っているのよ。』
「エッ。受け答えは普通だったよ。」
『ケン。実はな、死ぬまでケンには会えないとも思い込んでる。』
「パリに行くのは9月中頃になると言ってきたけど。俺もチョット変だなと思ったのは、冷蔵庫から出してきたコーヒーの匂いがおかしくて飲めなかった事かな。」
『お爺ちゃん、面倒くさがってコーヒーもお茶も作り置きしてるから心配だわ。』
「もう一つあった。」
『ケン。何か気になる事か?。』
「100枚もの転居葉書を印刷してたけど、出す所があるんだろうか?。」
『それは無いはずよ。年賀状だって20枚も来ないんだから!。』
「それと、10枚ほど書き損じを拾ってきたけど、全部郵便番号が同じだったんだ。それに、この前見舞いに行った時にも葉書はほとんど減ってなかった。」
『ワシは親父がボケ始めたと思っている。』
『あなた。ケンチャンの前で言い過ぎでしょう。ゴメンねケンチャン。』
「判るよ、お爺ちゃんも歳だから仕方がないよ。」
『それでな。もしボケだったら、ワシらが恵美子を探すのは無理になるだろう。』
『ケンチャン。パリに行ったら、仕事に差し支えない様に恵美子を探してくれない?。』
『母さん。やめなさい。ケンは遊びでパリに行くわけじゃあないんだから。』
『お父さん!。休みの日だってあるでしょう!。』
「俺もエミの事は考えているから安心して。」
『ほら。やっぱりケンチャンは考えていてくれたわ。ネ~ェ、あなた。』
「俺の妹だからね。」
『母さんが一番心配しているのは、お爺ちゃんが私を嫌っている事なのよ。ボケたらどうなるかしら。ますます憎まれるのかしら。ケンチャンどう思う。』
「優しくすれば大丈夫じゃあないかな~。」
『お爺ちゃんたら、孫は可愛がったけど嫁の私には辛く当たったから心配だわ。』
「それはしょうがないんじゃあない?。」
『アラ、ケンチャン。トゲのある言い方ね。』
「俺、お爺ちゃんの日記を預かっているんだ。ほとんど読んだよ。」
『ケン。日記を預かってたのか!。』
『何が書かれていたの。嫁の悪口?。』
「いいや、2人だよ。親父もお袋もずいぶんお爺ちゃんに無心してたみたいだね。」
『おい。冗談じゃあないぞ!。』
「親父はマンションの支払いをお爺ちゃんに頼んでいた。」
『母さんはそんな事してないわ。』
「お袋はピアノ部屋の防音工事費用をアパートに別居したお爺ちゃんに出させた。」
「それ以外に、エミの発表会などでもチョイチョイお金をせびっていた。」
『ケンチャン。それ本気にしてるの。』
「ウン。日記を信じている。」
『お爺ちゃんの日記でワシらの虚像は崩れたみたいだな。』
『お爺ちゃんは早くからボケていたのよ。日記なんて嘘よ。』
「親父やお袋の苦労は判るけど。お爺ちゃんの気持ちも日記から判るよ。」
『ケン。だけどな、お前もこれから金には苦労すると思うぞ。出世のために必要だったら相談してくれ。』
「親父。ありがとう。でも、できればそれはしたくない。」
 
 久しぶりの両親との食事だったが、京都の高級料理も砂を噛む様な味になってしまった。それと、もう一度お爺ちゃんに会いたかったが、今週の土曜日にはパリに行く飛行機を予約してある。とにかく、藤原先輩より早くパリに行って仕事の段取りをつけておかなければならない。
 ヒョットすると、本当にお爺ちゃんの死に目には会えないかもしれない。お爺ちゃんの日記を預かった事で両親とも溝ができてしまった。まあ、仕方がないさ。親父には少し罪悪感を感じるけど、昔から自分のやる事は正しいと思っているお袋は大嫌いだったから。
 でも、あと20年か30年。俺も親父やお袋の老後を看る事になると思った。