息子と娘にかける親の愛。

 エミがウィーンへ行きたいと言い出してから1年。最終学年となった俺は卒論もほぼ書き上がっているので、いつでも教授に見せる事ができる。今年の大目標は大蔵省へのチャレンジだ。唯一の不安は仕送りの件だが、4月と5月には8万円振り込まれた。勿論、エミからヨーロッパにたつとの電話も無い。ヨーロッパ行きを諦めるとも思えないから少しお袋ともめているのかも知れない。
 
(5月30日に妹から電話がきた)
『お兄ちゃん。私ウィーンに行くわ。』「いつ?」『アハッ。やはり素っ気なかった。』
『来週の火曜日。今週土曜の晩にヨーロッパ行きのお食事会をやる事になったの。』
『お兄ちゃん来てくれる?』「卒論もあるし、就活もあるし、3人でやってくれ。」
『ヤッパリね。』「行けなくて悪いな。」『ウウン。多分そう言うと思ってた。』
『実はね。お母さんがエミから頼めば来るかも知れないって言ってたのよ。』
「それでお前が電話したんだ。今のお袋の顔が判るよ。フクレてるだろ!!」
『ウフッ。チョット私をにらんでいるみたい。』
『それと私ね。お兄ちゃんが京都の大学に行った気持ちが少し判る様になったの。』
「ヘ~ェ。俺は授業料の安い国立をねらっただけだぜ。」
『嘘!。国立なら東大だって良かったはずじゃあないの。』
「ムムッ。理論的に攻める様になったな。」『私も受験してれば大学生だったのよ。』
「は~い。その通りで~す。」『私も自分の力が試したくてウィーンへ行く気になったの。』
「エミが外国に旅立つのに。食事会に出られなくて、ごめんな。」
『私は最初から判っていたもん。来年卒業旅行にウィーンに来れば許すから!!』
『電話、お母さんに代わろうか。』「いいよ。お前の声を聞いたから。ごめんな!」
(エミは何のためらいもなく電話を切った)
 
(エミが切ったら直ぐお袋から電話がきた)
『なぜ私と話そうとしないのよ!!』「エミには充分謝ったからさ。」
『ケン!!去年パパが人事部長に昇進した時も来なかったわね!!』
「あれだけ一生懸命働けば当然だし、俺も親父を見習いたいと真剣なんだ。」
『ケンちゃん。アナタまさか、家族を捨てるつもりなんじゃあないでしょうね!』
「新幹線代は高いし。エミがウィーンに行けば俺への仕送りはゼロになるんだろう。」
『私だってなんとかしてあげたいけど、エミの方が余計にお金かかると思うし。』
「いいよ。4年生の1年間はなんとかアルバイトで生活するから。」
『それとね、エミのお祝いだけじゃあないからケンちゃんにも来てほしいのよ。』
「なに??。お袋妊娠でもしたの?」『馬鹿言わないで!!』「じゃあ、なに?」
『内緒だけど、パパ出世しそうなの。』「人事部長になってまだ2年目だぜ。」
『総務部長さんが癌で入院して。パパが総務部長も兼務しているの。』
「それが出世?」『総務部長さん末期癌らしくて復帰はないらしいの。』
『それとね。会長が辞任するので今年の株主総会の主要議題は重役人事らしいの。』
「親父もそれに関係するんだ。」『パパの先輩が社長になれば、多分、専務。』
「すっげ~。」『そうでなくても多分、常務。最悪でも筆頭部長の総務部長よ。』
「親父、頑張ったね。」『ところで、ケンちゃんは就職どうするの。』
「国立に入ったんだから国家公務員だよ。」『パパの会社に入りなさいよ。』
「よしてくれよ。親父だって税金使った国立大卒は公務員になれって言っていたろう。」
『あれは私立のパパが、国立と出世競争で苦労していたからよ。』「だろうな。」
『でもケンちゃんには取締役のパパが後ろ盾になってくれるじゃないの。有利よ。』
「考えてみるよ。じゃあね。エミと親父によろしく。お袋も体に気をつけて。」
『本当にケンちゃんは素っ気なさすぎるわよ!気をつけなさい。』
(俺は不愉快になって電話を切った)
 
 6月の仕送りは無かった。その代わり50万円の金が振り込まれていた。意味が判らないので俺からお袋に電話したら、お爺ちゃんがエミと俺にくれたという。久しぶりにお爺ちゃんに電話してお礼を言った。そして、大蔵省の役人になるつもりである事も話した。お爺ちゃんは身内からヨーロッパに行く様な孫ができた事にビックリしたと言ったが、その声には喜びだけでなく心配する当惑の響きがあった。それと、エミが有名になるまで生きていられるかどうかと弱気な事も言っていた。
 京都に来てから親ともろくに会っていないが、お爺ちゃんとは京大合格のお祝いの食事会から1度も会っていない。多分75歳くらいになったはずだ。親父やお袋はお爺ちゃんの事をどう考えているんだろう。親父が重役になれば世間体もあるので、また同居するんだろうか。大企業の重役の父親がアパートで一人暮らしなんて。まして孤独死などしたら週刊誌ネタになってしまうから、また同居するのだろう。多分。