カルロスの成功は俺のおかげ?。

 先輩の忠告を聞き入れた1週間後に、紗綾子さんと2人でカルロスが演奏していたスパニッシュ・レストランに行くと、カルロスは契約を打ち切っていなくなっていた。店主もカルロスが何処へ行ったか知らなかった。
 しょげ返る俺を見て紗綾子さんも自分の事の様に悲しんでくれ、実の兄である先輩にも激しい非難の言葉をあびせて、一時は兄妹の仲が悪くなってしまった。
 だが4ヵ月後、カルロスのCDが発売された事で事態は一気に好転した。先輩が直接レコード会社に働きかけたおかげで、俺と紗綾子さんはカルロスに会う事ができた。
 カルロスは俺を見るなり、両手をとって痛いほどに握りしめ『今の成功はあなたのおかげだ』とフランス語で言ったが、俺はなぜカルロスが感謝するのか判らず、頭の上には『?』印がいくつも出た。その後、マネージャーとプロデューサーを含めた5人で話す事になり、やっとカルロスの成功の秘密が判った。
 
 俺が初めてカルロスに会った時、憎しみでカルロスの手を強く握ったため、カルロスは右手を傷めてしまったという。そのため、テンポの速いフラメンコが弾けなくなり、仕方なくシャンソンをフラメンコ風アレンジで弾いたという。それを食事に来ていたプロデューサーが聞いてカルロスを引き抜き、カンズメ状態で録音とフランス語の特訓をした。
 録音は2ヶ月もかからずにできたが、カルロスにフランス語とマスコミ受けするマナーを教えるのに時間がかかった。CDが発売されるとCMの効果もあり、爆発的な人気になり、マスコミの取材にも時々スペイン語の混じるカルロスが可愛いと熱狂的ファンまでできたという。
 
『セニョール青木。あなたのおかげでCDを出す事ができた。』
「いや、大切な右手を強く握って悪かった。」
『そのおかげで、故郷に帰れない俺をフランスが受け入れてくれた。』
「ギタリスト生命を奪う様なアクシデントがよい方向に向かってうれしい。」
『今の俺をエミは認めてくれるだろうか。まだ音を弾き捨てていると言うだろうか。』
 
 この言葉を同席したプロデューサーが聞き逃すはずはなかった。おかげで俺と紗綾子さんはプロデューサーの質問攻めにあってしまった。まずい事を言ってしまったとカルロスは顔を曇らせ、すまなそうに下を向いていた。だが、カルロスを売り出したいプロデューサーはしつこく根掘り葉掘り聞いてきた。
 しかし、この話をテレビが『フラメンコギターの新星、カルロスに幻の東洋の妖精。』と大々的に取り上げた。恋人がいたとなっては熱狂的な女性ファンもカルロスから離れてしまうのではと思われたが、悲恋に同情したのか逆に巷の噂となりエミ探しが始まった。
 だが、エミ探しは遅々として進まない。どうもレコード会社がマスコミを巻き込んでエミの情報を小出しにし、カルロスの人気を煽る作戦を立てた様だ。結局、エミが見つかるまでにカルロスの出したCDは3枚になり、その度に幻の恋人の話題を小出しにしたCMの効果で、3枚のCDはすべてミリオンセラーとなりレコード会社を儲けさせた。