生徒は助かったけど、お婆ちゃんは死んだ。

 2週間前にお爺ちゃんを見舞った時と同じ様に、夜行バスで東京へ向かった。朝飯も同じ所で食べたけど、お土産は前回とは目先を変えた。
 ノックしてお爺ちゃんの部屋に入ると、お爺ちゃんは机に向かって何か書いていた。
 
「お爺ちゃん!!。何を書いているの?。」
『オオッ!、ケンチャン。友達に転居通知の葉書を書いているんだ。』
「すごい、葉書2箱?。書くの大変だね。」
『ワシも100枚は買いすぎたかなと思っていたんだよ。』
「注文印刷の葉書だね。じゃあ50枚も100枚も値段はあまり違わないと思うよ。」
『そうかもしれんな。まあ、書き損じも出るだろうから良しとするか。』
「でも、お爺ちゃんは几帳面だね。」
『チョット待ってくれ、オシッコして手を洗ってくる。』
 
 そばにあるゴミ箱を覗いたら葉書が何枚か入っていた。書き損じらしいので帰りに捨ててあげようと全部鞄のサイドポケットに押し込んだ。
 
『オォ、待たせたな。今日はどんな用事で来たんだ?。』
「お婆ちゃんは何で死んだのか聞きたくなったんだ。」
『アレ、ケンチャンには話してなかったか?。憲一からも聞いてないのか?。』
「聞いてないよ。お爺ちゃんがアパートへ越したのは小学校1年の秋だったし。」
『そうか。それじゃあ知らなくて当たり前か。』
「それに、お爺ちゃんは僕が小学校に行っている間に引っ越しちゃったんだよ。」
『そうだっけ?。ところでお婆ちゃんは小学校の先生。ワシは中学校の先生だった。』
「それは知っている。」
『そうか。それでな,お婆ちゃんが教頭先生になった時なんだが。』
「ウン。」
『あのな。お婆ちゃんは校長先生を目指していたんだぞ。』
「ヘ~ェ。」
『でも県の教育委員会は女の校長は駄目だと難色をしめしたんだ。』
「お婆ちゃんは教頭の時に死んだの。」
『教頭になる時も教育委員会はスッタモンダしてな。』
「それで、お婆ちゃんは自殺でもしたの。」
『いや、事故で死んだんだ。』
「交通事故?。」
『ちがう!。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。生徒が富子の上に落ちてきたんだ。』
「何で?。」
『運動会が終わった数日後に、生徒が国旗掲揚柱によじ登ったんだ。』
「ステンレスのポールによく登ったね。」
『昔は杉丸太だったし、根元に丸太を押さえる2mくらいの礎石があったからな。』
「丸太だったら折れそうで余計に怖いな~。」
『まあ、昔の子供は遊び道具が少ないので木登りは上手だったし。』
「フ~ン。それで。」
『富子が見つけて、男の先生に梯子を柱の所に持ってくる様に言ったそうだ。』
「ウン。」
『多分、富子は柱の下に行き、すぐ助けるよ~とでも言ったんだろう。』
「ウン。」
『梯子を持って男の先生が国旗掲揚柱に着いた時には。』
「何かあったんだ。」
『富子が倒れていて、生徒がそのそばで泣いていたそうだ。』
「それで。」
『富子は首の骨が折れていて、救急車が来た時には事切れていたらしい。』
「生徒は?。」
『お尻を痛がり、あざが出来ただけで無事だった。』
「奇跡的だね。」
『多分、助けようとした富子の頭の上に落ちたんだろう。』
「エ~ッ。」
『生徒はテッペンの玉に触りたくて誰もいない放課後に登ったと言ったらしい。』
「それで生徒を守ろうとして死んだと書いてあったんだ。」
『お前!日記を読んだな。』
「ゴメンね。日記を順番に並べようとした時に読んじゃった。」
『仕方がないな。ケンチャンに預けたんだから。興味があれば読んでもいいけど。』
「ありがとう。お爺ちゃんのおかげでモヤモヤが取れ・ま・し・た。」
『富子の事を思うと、まだ涙が出てしまう。』
「ゴメンね、お爺ちゃん。でもありがとう。お爺ちゃん。」
『追々、ご先祖様の事も話してあげるよ。』
 
 今回も帰りは新幹線にした。帰って鞄の中身を明日の仕事の物と入れ替える時に、お爺ちゃんの書き損じの葉書が出てきた。ア~ッ、捨てるのを忘れた。かといって、いまさらゴミ箱に捨てるのも心がとがめるので、お爺ちゃんの最後の日記に挟んで本箱に戻した。
 お婆ちゃんの死んだ理由を思い出してフ~ゥとため息をついたら、親父達からなんの連絡も無い事に気づいた。今度は親父も行っているから何か進展はしているだろう。そんなこんなで忙しいのかもしれないし、実の娘の事だから一番心配しているのは親父達のはずだ。帰国すれば話は聞けるだろうと思い、待つ事にした。