エミとの再会。

 俺と紗綾子さんがカルロスに会ってから約半年後。テレビで『カルロス東洋の妖精を発見』という番組が流され、翌日にはカルロスとエミのCDが発売された。俺はこの時初めてエミがパリに来ていて、カルロスと録音までしていた事を知った。ところが、エミが見つかっていたにもかかわらず、レコード会社から俺には何の連絡も無かった。猛烈に腹が立ったが、エミもレコード会社の販売戦略に協力していたという事だから怒りを収めるしかなかった。
 その日のうちにプロデューサーから『エミさんがやっと見つかり、面会の手はずを整えましたから明日来て下さい。』とわざとらしい連絡がきた。俺は腹の中で(やっと見つけたんなら録音はいつ、どこでやったんだよ。)とふたたび怒りが湧き上がった。
 前回カルロスと会った時に根掘り葉掘り聞かれ、その話をCMにまで利用されるという散々な目にあったので、先輩に相談して紗綾子さんの同席を断ろうとしたが、紗綾子さんは『私もまいります。』と納得しなかった。
 
 プロデューサーに連れて行かれた部屋にはすでにカルロスもエミも座っていて、部屋に入るとエミが『お兄ちゃん。』と飛んで来た。そのまま俺の胸に飛び込むかと思ったが、微妙な距離で止まったので、両手をエミの肩に置いて日本語で「お前、何やっていたんだ。母さんも父さんもどんなに心配したか。」と声をかけた。もっと話したかったが、プロデューサーに促されて、紗綾子さんと並んで座った。
 プロデューサーは『カルロスとエミのセッションCDもミリオンセラーになると思いますよ。』と満面の笑顔で話した。俺は「エミの事を秘密にしてカルロスのCMに使ったり、カルロスとエミの今度のCDも話題を煽った上での発売だから、ミリオンセラーは間違いないでしょう。」と嫌味を言うと、エミが『お兄ちゃん、大人になりなよ。』とフランス語で口を挟んだ。悔しいが俺よりフランス語が上手かった。プロデューサーは大げさなジェスチャーで『セ・ラ・ヴィ』と言いやがった。
 その後でプロデューサーはエミを隠していて悪かったと謝ったが、同時にCDの販売戦略で仕方がなかったと付け加えた。俺は腹の中で(お前、謝ってね~よ)と毒づいた。
 
 プロデューサーが『シャンソンも変わった。ピアフやモンタンは過去になった。ビートルズをアヒルと軽蔑した時代も過ぎた。カルロスとエミのサウンドは新しいシャンソンの時代を開く。』と褒めたが、俺はその言葉を無視してエミに「学校をやめたのもニューサウンドのためだったのか。」と聞くと『結果的にはそうだけど、学校の勉強は楽譜に忠実すぎて嫌になったの。カルロスの即興性に引かれたけど、彼は音を捨てていたの。』と言った。『セニョール。エミは生み出した音を無駄に殺す事はないと考えている。』とカルロスも言葉を添えた。
 プロデューサーは『エミのピアノ奏法はあまりダンパーを使わないので音が残る。カルロスのギターも左手の指使いを変えた。だから2人の音は響き合う。』と2人のサウンドを説明した。俺はプロデューサーに「プロとして、この2人の音楽をどう思っているんですか。物珍しさで売れているだけですか。」と聞くと『カルロスもエミもヨーロッパの音ではない。ニューサウンドだ。定着するかどうかは2人の努力しだいだ。』と答えた。俺は腹の中で(儲けられる時はこき使って飽きられたら捨てるんだな)と思ったが、誰の人生だって所詮はそんなものだから、売れる時に売り出してもらうしかない。後は本人達が上手に生きるしかないだろうと嫌味を言うのを我慢した。
 
 「エミ、父さんや母さんへはどうする。」と聞くと『手紙を書いてCDと一緒に送ったし、私とカルロスの活動拠点はパリになるから帰国できないとも書いたわ。父さんや母さんの電話できっとお兄ちゃんが忙しくなると思う。よろしくね。』と悪びれない。俺に相談もなく、ずいぶんチャッカリした話だが、今のカルロスの人気を考えれば仕方がないだろう。
 行方不明で家族を混乱させたかもしれないが、エミはその間に苦労し、語学力だけでなく生活力も身につけていた。俺よりも成長した妹に戸惑い、思わず日本語で「おい。兄貴に無断で忙しくなるかもしれないからよろしくとはなんだ。第一、お前の連絡先も何もかも、俺はまだ知らないんだ。心配かけて、ごめんなさいくらいは言えよ。」と熱くなってしまった。
 するとエミは『ごめんね』と日本語で言った後に名刺を出して『これが私の名刺。電話番号とメールアドレス。裏にはマネージャーの名前と電話番号など書いておいたわ。でも、直接は電話しないで、マネージャーを通してね。メールは構わないけど、返信は期待しないで。それとこの人が私達のマネージャー。』と言いやがった。マネージャーがすかさず名刺を差し出し握手を求めてきた。握手しながら俺が「妹をよろしくお願いします。」と言い終わると『奥様。よろしくお願いします。』と紗綾子さんの方にも手を伸ばした。紗綾子さんは一瞬ビックリした様だったが『私はスペイン語の通訳です。』と鷹揚に応えた。
 
 突然プロデューサーが笑い出し『笑って失礼しました。マドモアゼル・サヤコ。あなたの事を知っているのは私だけです。我が社もお兄様の銀行には大変お世話になっています。』と失礼を詫びたが、その他の者はポカンとしていた。今度はエミが慌てて、日本語で俺に『お兄ちゃん。一体どうゆう事。』と聞いてきた。俺も日本語で『藤原先輩の妹さんの紗綾子様だ。』と答えたが、周囲は意味が判らなくてザワついた。
 プロデューサーが『マドモアゼル・サヤコは日本の貴族のお嬢さんで、語学に堪能で何ヶ国語も話せる。スペイン語の上手なのはカルロスから聞いたし、フランス語も英語も非常に堪能だ。そして、何より寡黙で礼儀正しい。本当の日本人だ。』と皆に説明した。ただ、悪い事に商売気の多い男で『マドモアゼル・サヤコがエミの姉であったら、もっとエミの話題が盛り上がっただろう。』とか『ところでマドモアゼル・サヤコ。フランスで芸能界デヴューしてみませんか。』と、待っていた様に紗綾子さんに話しかけた。
 紗綾子さんは丁重に断り、プロデューサーは大げさに『非常に残念だ。』と言ったが、それ以上は深入りせず『本当は皆で食事をできれば良かったのですが、カルロスもエミもまだ忙しいので、それはまた機会のある時に。』とエミとの面会は終了した。
 
 紗綾子さんは帰りがけに『あのプロデューサー。商売上手ですね。』と言った後で『サヤコ芸能界デヴューしてみましょうか。』とプロデューサーの口真似をして俺を慌てさせた。しどろもどろに説得しようとする俺を見て、小さな声で『ごめんなさい』と言った紗綾子さんを、俺は初めて壊れるほどにきつく抱きしめたいと思った。