エミ探しの行き詰まり。

 ウィーンからメールがあって1週間ほどした頃に、珍しく親父から手紙がきた。部屋に入って急いで封を切ると手紙とザッハーホテルで受け取ったフラメンコ楽団員名のコピーが入っていた。
 
ケン。お前にも苦労をかけて申し訳ないと思う。だがお前はお前の仕事に専念しろ。恵美子を探すのは親の私の義務だ。お前までそれに煩わされてはいけない。
最初は母さんがウィーンに行き、私が動き出すのが遅くて手がかりも少ない。だが手がかりの少ないのはこの行方不明が恵美子の自発的行為だからで、生活苦はあるかもしれないが命の危険は少ないと考えられる。それは金の引き出し額が少しづつ減ってきている事と、この半年ほど高級ホテルのカード支払いも無いのでそう推測した。
それと恵美子のカードの期限が今年の8月で切れる。もしかすると、その時に恵美子から連絡があるかもしれない。最悪でも期限の切れた後の金の引き出し方で恵美子の生活も推測できるだろう。
一番重要な手がかりはギター弾きのカルロス・モレーノだが、コピーには楽団のインターネットアドレスが無いので個人での情報収集の限界を感じた。
仕方なくスペイン大使館に行き、名前からギター弾きを調べてもらおうとしたが、有名なギタリストでないので判らなかった。楽団にも団体としての実態は無かった。大使館員によるとそんな例はよくある事で、観光客の少ない冬場はフラメンコ仲間が適当に集まり世界中に公演に出かけるという。そんな臨時の集団だから大使館でも調べ様が無かった。
スペインに行って直接調べると言ったら『スペイン語ができてもロマに接触しての人探しは危険です。誤解されるかもしれないので絶対に1人では行かないでください。信用のできる通訳とボディーガード兼任の運転手くらい雇わないと駄目です。』と注意された。
スペイン語が話せないから通訳は雇わなければならないと思っていたが、ボディーガードも雇わなければとなると、観光旅行を兼ねて母さんと2人でスペインに行くのは考え直さなければならない。恵美子に差し迫った危険は無いと思うので長期的な対応を考える。
今は口座からの引き出しが恵美子の生きている証であり、小額の引き出しで恵美子に何らかの収入のある事が判る。恵美子の女としての最悪の生活も心配したが、引き出し窓口が転々としているので拘束された生活ではない事も推測できる。
とにかく、恵美子は健康で生きている。
 
 親父の最後の1行には泣いてしまった。『とにかく、恵美子は健康で生きている。』にどれほどの親の愛情と心配が含まれているのだろうか。自分にそう言い聞かせなければならない親父の心痛が俺にも伝わり、親父の苦悩に思わず涙を流してしまった。
 しかし、親父からの連絡が手紙だったのでログインIDとパスワードを聞く勢いをそがれてしまった。親父の言う様に、これ以上の情報はスペインに行かなければ判らないだろう。かといって、俺がスペインに行く事もできない。俺も『とにかく、恵美子は健康で生きている。』と信じるしかないのだろう。