俺のルーツ。

 鬱陶しかった梅雨が終わり、今日も真夏の太陽が照りつける様になった。そんな夏の昼休みに先輩が何も言わずに近寄ってきて静かに隣の椅子に腰掛けた。
 
『なあ。何を考えている。夏休みは何をしようかなとでも考えていたか。』
「いえ、外は暑いだろうなと思っていました。」
『嘘だろう。本当は妹の事を心配してたんだろう。』
「時々は。やはり心配ですよ。」
『そうだろうな。ところで、俺がパリへ行くと言ったらついてくるか?。』
「近いうちにパリへ転勤ですか?。」
『時期はまだ決まっていないが来年の春までには行く事になるだろう。』
「なぜ私を?。」
『俺がお前を推薦したからだ。』
「ありがとうございます。」
『声が喜んでないな。不服か?。』
「何で私なのか判らないからです。やはり親父の力ですか。」
『馬鹿言え。お前の育ちの良さとお前のお袋さんだ。』
「エッ。」
『お前の親父さんが社外取締役(COO)になった時、お前のお袋さんに会った。』
「ハイ?。」
株主総会に行ったんだよ。総会後に挨拶を交わした。』
「そうでしたか。」
『その時にお袋さんの紋所を見た。竹に雀の関東管領上杉の家紋だった。』
「言葉を交わす時に家紋まで見たんですか。」
『女は嫁いでも婚家でなく、女系先祖代々の紋を娘に継がせるのが通例だ。』
「女系相続の名残ですね。」
『お前のお袋さんは上杉の血筋の娘だ。上杉は遠くは藤原につながる。』
「上杉の血筋ですか。ただの平民だと思っていました。」
『ところで親父さんの紋所は?。』
「知りません。」
『お前はバカか?!。自分のルーツも知らんのか?。』
「いえ、父方のルーツは曽祖父が調べて、甲斐小笠原の家来で菊池だそうです。」
『菊池が先祖か?。立派じゃあないか!。』
「そうですか?。武田の家来の家来ですよ。」
『熊本には菊池神社菊池市もある。古くて由緒正しき血筋だ。』
「祖父は菊池神社に詣でた事があるそうですが、私は関心がありませんでした。」
『お前のルーツが判って良かった。お前を連れて行く理由になる。』
「そんなもんですか?。」
『関東人は本当に血筋に疎いな。バカとしか言い様がない。』
「すみません。」
『甲斐の山猿の小笠原が、なんで小笠原諸島を発見できたんだ!。』
「考えた事もありません。」
『南方系の海洋民族。菊池氏とつながりがあったからだろう!!。』
「そんなものですかね~。」
『その疎さに腹が立つ。フランス語とドイツ語。ペラペラになっとけ。バカ。』
 
 穏やかな先輩が『バカ』と口にするほどに先輩を怒らせてしまった。しかし、なんであんなに氏素性にこだわるんだろう。俺にはその方が不思議だった。パリ行きが大抜擢なのは判っているが、氏素性にこだわる先輩に困惑して嬉しさは湧き上がらなかった。
 パリ行きとなれば仕事の引継ぎから社宅退去の部屋の掃除まで沢山やる事はある。だが、血筋の毒気に当てられて昼休みをボ~とすごしてしまった。