親子の夢のすれ違い。

 東京に比べると、京都の夏は暑く冬も寒い。このアパートに住んで3年になるが、いまだに夏の暑さと冬の寒さには慣れない。受験前の皮算用では仕送りに15万円。少なくとも12万円はもらえると思っていた。ところが、8万円しか出せないという事で、仕方なく部屋代の安いアパートを選ぶしかなかった。だから夏は扇風機、冬はコタツを使っている。過ごしやすいはずの春秋も、東京より雨が多い気がする。
 
 (ゴールデンウィークの少し前にお袋から電話がきた)
『ケンちゃん。相談があるんだけど。いい?』「俺に?ナニ?」
『エミがね!ピアノの勉強にウィーンに行きたいんだって!!』
「エミが?本気で?勇気あるな~。」『ふざけないで真剣に考えてよ!』
「ふざけてないよ。何が問題なの?」『エミが外国に行っちゃうのよ!』
「本格的にピアノをやりたいなら仕方ないだろ。お袋は何が不満なの?」
『ピアノは習わせたけど、外国に行くなんて。母さんそこまで考えてなかったわよ!』
「俺の京大より驚いた?」『京都は日本じゃあないの。エミはヨーロッパよ!!』
「同じ様なもんだよ。」『違うでしょ!。私から離れていってしまうのよ!!』
「離れるのが嫌ならお袋もウィーンについて行ったら。」
『考えたわよ!。母さん外国は苦手だし。エミもついてくるなって言うのよ!』
「エミがウィーンまで行きたいって事は、ピアノの腕も相当なものって事だろ。」
『それは、先生もベタ褒めだし。先生が外国で勉強したらと勧めたのよ!!』
「それじゃあ仕方がないから行かせてやれば。」
『真剣に考えてよ!!連休には帰ってきてエミを説得してね!!』
「電車賃がもったいね~よ。」『エミを説得したら電車賃3倍出すわ!』
『それにエミがウィーンへ行ったら、あなたへの仕送りも無くなるんだからね!!』
 (お袋は怒って電話を切った)
 
 俺への仕送りがストップする~?ヤッベ。ヤッベェよ~。妹の卒業は来年だから、俺は最終学年の1年間をどう暮らすかだ。落とした単位は無いから授業にはほとんど出なくて良いと思う。アルバイトでしのげそうな気もするが、今までの3年と違って最後の1年は厳しくなりそうだ。
 
 結局、ゴールデンウィークには帰らなかった。その後のお袋の電話にもエミの希望をかなえるしかないだろうで通した。エミからも時々電話はあったが、深刻な話はお互いに避ける様にした。ただエミの口からも俺への仕送りが無くなるかもしれないとの感謝とも詫びともつかない言葉を何回か聞いた。
 
 エミからそんな侘びを聞くと本当に行きたいエミの気持ちが伝わる。そして、俺が家を出たいと思っていた頃を思い出す。エミが望むなら俺は行かせてやりたい。エミは3月に卒業したら、直ぐにでもオーストリアに行き入学試験に向けてピアノのレッスンを受けると夢を語る。夢に羽ばたくエミの心とは反対に、仕送りの途絶える俺の気持ちは少し重くなった。