駄々っ子の様なお袋の言い分。

 お盆明けに、10月1日付けで藤原先輩と俺がパリへ転勤すると決まった。約1ヶ月先の事だが、海外転勤となれば独り者でも忙しくなるので親父に知らせておこうと電話をかけた。
 
「もしもし、親父。俺だけど、藤原先輩とパリの転勤が内定した。」
『それはいい事だ。いつパリへ立つんだ。』
「辞令は10月1日付けだけど、俺は先輩より10日ほど早くパリに行く。」
『おい、ちょっと待て。』
「ウン? ・ ・ 。父さん? ・ ・ ・ 。なに? ・ ・ 。」
『お前じゃあない。母さんが電話を代われとワシの腕を引っ張るんだ。』
「じゃあ、母さんに代わって。」
 
『 ・ ・ ・ ・ ・ ケンちゃん。お父さん困るのよっ!。』
「俺、パリへ転勤に ・ ・ ・ 」
『あのね。エミのカードが8月に切れるの。私、スペインに行ってエミにカード渡したいんだけど、お父さんはスペインは危険だと言って行こうとしないのよ。それに、恵美子は大丈夫だ、恵美子は大丈夫だとしか言わないの。恵美子に会ってもいないのに。』
「母さん。父さんがスペイン大使館に行ったの知っているだろう。」
『だから何なの?。エミはお金も下ろしてるけど、現金を沢山持っていたら悪人に襲われるかも知れないでしょ。カードなら取られても安全じゃあないの。あなた。エミの事心配じゃあないの。エミはあなたの妹よ。』
「心配さ。何があったのか、どこに居るのかも判らないんだから。」
『いいえ。あなたもお父さんとおんなじよ。エミはまだハタチそこそこの少女よ。お金も体も狙われたって不思議じゃあないでしょう。周りは全部外国人よ。それに遊牧民のジプシー男なんか一番危険じゃあないの。』
「母さん。ジプシーは遊牧民じゃあないよ。」
『なによ。言い間違っただけでしょう。大学4年の最後の1年に仕送りしなかったからって恨んでいるんでしょう。毎月の仕送りはできなかったけど、その代わりお爺ちゃんから50万円貰ったでしょう。母さん知っているんだからね。』
「貰ったけど、エミも50万円貰っているだろう。」
『あなたは京都でしょう。同じ日本じゃあないの。あなたは新幹線でも帰って来れるじゃあないの。エミはヨーロッパよ。何かあっても帰って来れないのよ。だから新しいカードを渡してあげたいの。』
「だからエミがウィーンに行く時、母さんも行ったらって言ったんだ。」
『なによ。エミの行方不明は母さんのせいなの。母さんがウィーンに行っていれば何事も無かったって言うの。じゃあ、家はどうなるのよ。お父さんにお爺ちゃんの事ができるって言うの。あの時、お父さんは常務で家にも帰れないほど忙しかったでしょう。あなたは東京にいなかったから、それを知らないのよ。それなのに、全部母さんのせいだって言うの。あなたはそんな息子だったの。』
 
 お袋が切れて、電話も切れた。お袋の心配も判るけど、どうしようもないじゃあないか。今頃は親父に当たっているかもしれないし、泣いているかもしれない。今日はこれ以上お袋を刺激しないようにしようと思っていたら『新しいカードがきてから、ズーとあんな調子なんだ。気にするな。』と親父からメールが入った。親父もだいぶい困っているみたいだなと思い、返信メールはやめにした。
 
 お袋が切れた数日後、親父からメールがきた。
『お前のパリ行きが決まり私も決心がついた。お母さんを連れてスペインに行って来る。エミには会えないだろうがお母さんの気がすむならそれでいい。遅くても9月10日までには帰る。』と用件だけの短いメールだった。
 あの時のお袋の様子を考えれば、親父と何があったか大体の想像はつく。