約3週間。親父達が帰国した。

 お爺ちゃんの見舞いから帰って、そろそろ寝ようとしていたら、親父から電話がきた。
 
『ケンか、今日帰ってきて家についた。』
「疲れなかった?。」
『理由が理由だけに精神的に疲れた。ちょっと待ってくれ母さんに代わる。』
「母さん疲れたでしょう。具合悪くならなかった?。」
『ケンチャン。お爺ちゃんの所に行ってくれた?。』
「今日も行ってきた。元気そうだったよ。ところで、何かエミの事、判った?。」
『見つからなくて。もう、母さん気が狂いそうよ。』
「ウィーンにはいなかったんだ。」
『何も判らないのよ。父さんに代わるわ。』
「ウン。」
『あのな。学校にも警察にも行ったし、大使館の人にも相談した。』
「それで。」
『身元不明の死亡者にはいなかった。それと、預金引き出しのリストももらった。』
「手がかりはあった?。」
『まだ詳しくは調べていない。』
「後でメールして。僕も考えるから。」
『教授にも、エミの友人にも色々聞いてきた。』
「ウィーンでエミは何をしていたんだろう。気になるな~。」
『皆が口をそろえて言うのは、鍵盤楽器にすごく興味を持っていたそうだ。』
「まあ、ピアノは鍵盤楽器だからね。」
『ピアノだけでなくチェンバロやパイプオルガンにまで興味を示したという。』
「なぜだろう。」
『先生方は、まるでおもちゃに目を輝かせる子供みたいだったと言っていた。』
「何となく判るな~。」
『同じ鍵盤楽器なのでパイプオルガンには特に興味興味を持ったらしい。』
「ヘェ~。そうなんだ。」
『エミの友達は、オルガンをピアノの様に弾くので笑ってしまったと言っていた。』
「友達いたんだ。」
『最初の1年は学校内のほとんどの楽器にさわったり弾いたりしていたらしい。』
「エミにとっては学校がおもちゃ箱だったんだね。」
『ところが、2年目頃から街のあっちこっちに出かける様になったそうだ。』
「危険な兆候だね~。」
『あとは友達の話だが、民族音楽に興味を持ったらしい。』
「ウ~ン。」
『話の裏付けとして約1年はウィーンで金を下ろしている。』
「そう。」
『その後はあちこち放浪したみたいで、下ろした所は一定していない。』
「父さんの言う様に銀行の引き出しリストがポイントだね。」
『細かい事はメールする。母さんが居眠りを始めたから切るぞ。』
「判った。父さん本当に大変だったね。」
『本当に大変なのは母さんだろう。精神的ショックから立ち直れるか心配だよ。』
「ずいぶん消耗したみたいだね。」
『アァ。今度はワシだけウィーンへ行くつもりだ。』
「俺だって妹の行方不明はショックだよ。」
『そうだろうな。じゃあ切るぞ。』
 
 ベッドに入ってからもエミの事が気になった。色々な楽器のそろったおもちゃ箱の様な学校でエミがはじけた様子は想像できるが、民族音楽とどうつながるのだろう。ヨーロッパ音楽の根底は表向きは教会音楽だけど、サブカルチャーとしての民俗音楽にはロマの影響が大きい。
 ピアノも弦楽器ならギターだって弦楽器だ。ギターを、1人で奏でるオーケストラだと言ったのはベートーベンだったっけ?。忘れた!。民俗音楽に興味を持ったなんて。危険な兆候だ。いや、もうどうにかなっているかもしれない。
 その夜は、エミが場末の酒場でピアノを弾いている夢を見た。エミはやつれていた。