2幕3場(中央に佳子が寝ている枕元の上手に勝蔵、下手に看護婦。)

 (佳子は勝蔵の方を向く)
佳子:あなた、ありがとう。
勝蔵:な、なんだいきなり。
佳子:昔は、私をこんな体にしたあなたを恨んでいました。
勝蔵:そうだろうな。俺は今もすまないと思っている。
佳子:いえ、それは昔の事。今は恨みの気持ちは薄らぎました。
勝蔵:いや、俺は。 ・ ・ ・
佳子:あなた、聞いてください。人の心は変わるものですよ。
佳子:私はこの看護婦さんが来てくれてから楽しくなったんですよ。
看護婦:奥様。

 (佳子は看護婦の方を向く)
佳子:あなたは良くしてくれたわ。お風呂にも気をつかってくれたし。
佳子:季節の花にも気を配って、私の見やすい所に置いてくれたり。
佳子:私、あなたの事を妹の様に思っているの。
看護婦:奥様。奥様は早くから私の事を妹みたいと言ってくださいました。
佳子:そうよ。あなたが本当に親身になってくれたから。
佳子:きっと私達は前世で姉妹だったと思えたの。
看護婦:いえ、それは看護婦の務めですから。
佳子:嘘おっしゃい。始めの数ヶ月は私の隣に寝たじゃあないですか。
佳子:今じゃあ家の用事から食事の支度や後片付けを夜遅くまで。
看護婦:それは奥様の体に良い物を作るため。
佳子:いいのよ。私は心で感じているの。ありがとう。

 (佳子は看護婦の方を向く)
佳子:あなた。あなたも看護婦さんの良さを知っているでしょう。
勝蔵:判っている。この人がいなければ俺達はやってこれなかったと思う。
勝蔵:この人は我が家のお母さんの様な人だ。
佳子:嘘。はっきり女房の様だとおっしゃれば。
勝蔵:な、なのを馬鹿な事を。
看護婦:(金切り声で)奥様。
佳子:なにをあわてて。2人とも。

勝蔵:(勝蔵は佳子の額に手を当てながら)お前、熱でもあるんじゃあないか。
看護婦:(布団の中に手を入れて)私は脈を診ます。
佳子:(真上を向いて2人に身を任せる)ほほほ、熱でもうわ言でもありませんよ。
佳子:あなた、熱は。
勝蔵:普通だ。
佳子:脈は。
看護婦:いつもと変わりません。
佳子:そうでしょう。随分前から考えたいた事ですから。
佳子:だから、2人とも聞いてください。
 (勝蔵は大きくうなずく。佳子は少し枕元に近づく)

 (佳子は不自由な手を布団の中で動かす。勝蔵と佳子はその手を握る)
佳子:この近くのお百姓さんでご長男が戦死された家がありますよね。
勝蔵:うん。たしか ・ ・ ・
佳子:あそこのお嫁さん。次男と結婚しましたよね。
勝蔵:ああ、そうだったな。
佳子:ねえ、あなた。看護婦さんと一緒になってください。
 (勝蔵はあわてて手を引こうとするが佳子が離さない)
看護婦:奥様。脈が、脈が速いです。
佳子:そうでしょう。あなたの脈も私の手に伝わってくるわ。
 (佳子のその言葉に3人は動けない)

 (しばらく間があって)
佳子:あなた、手が痛いわ。興奮しないから脈も診なくていいわ。

 (勝蔵の方を見て)
佳子:私は女としては役に立ちません。
勝蔵:なにを言うんだ。
佳子:知っているのよ、あなた。
佳子:勝利さんが子供を連れて遊びに来ると、あなたがうらやましそうに見ているのを。
勝蔵:(困った顔で) ・ ・ ・

 (看護婦の方を見て)
佳子:あなたも30を過ぎましたね。
佳子:ごめんなさい。私があなたの青春を奪ってしまったのね。ゆるして。
看護婦:とんでもありません。奥様。
佳子:もし、早く結婚した姉だったら、妹に早く結婚しなさいと言ったでしょうね。
佳子:もし、あなたに良い人がいるのなら、その人と結婚してください。
看護婦:いえ、その様な人は。
佳子:ごめんなさい。あなたは私にずっと付きっ切りだったものね。
佳子:私を診ていなければ、あなたもお母さんだったでしょうに。ごめんなさい。
佳子:ねえ、あなた、主人と一緒になってくれない。
看護婦:奥様。頭まで。(ハッとして口をつぐむ)
勝蔵:お前、何て事を言うんだ。
佳子:(看護婦の方を向いて)まだ頭まではおかしくなってないつもり。
看護婦:すみません。
佳子:驚かせてごめんなさい。でも、ずいぶん考えたの。
佳子:あなたを好きになって。妹の様に思う様になって。
佳子:多分、そんなには長くないけど。そう思えるくらい考えたの。
佳子:戦死したお兄さんのお嫁さんと弟が結婚する事だってあるのよ。
佳子:姉のいた家に妹が後妻に入ってもいいんじゃあないかしら。
佳子:それとも、あんな男じゃあ嫌。
看護婦:私にはもったいない事です。

 (しばらく間があって)
佳子:(正面を向いたまま)あなた、手をにぎって。
 (勝蔵は黙って手を握り、看護婦は脈を診る)
佳子:でもね。籍を入れるのは私が死んでからにしてほしいの。
看護婦:奥様。死ぬなどと口にしないで下さい。
勝蔵:そうだよ。佳子。俺の妻はお前だ。
佳子:でもね、あなたが子供を欲しがっているのは判るの。
佳子:疲れたわ。後は2人で話して。
佳子:考えていた事を全部言ったからどんな風になってもいいわ。
佳子:少し寝るから、おやすみなさい。
 (勝蔵は上手に下がる)
 (看護婦は佳子の掛け布団を直してから下手に下がる)