3幕6場(中央の籐製の安楽椅子に白髪の看護婦が休んでいる)

 (看護婦は遠い天国を見上げる様にゆっくりと指折り数える)
奥様が亡くなられてほぼ7年。あの人が亡くなってからも ・ ・ ・ ・ はや3年。
奥様は新婚初夜にあの男から梅毒を移され ・ ・ ・ そして脊髄を冒され、
私が奥様の介護に来た時は ・ ・ ・ 下半身はほとんど動かせず、
徐々に上半身も動かせなくなってしまわれた。

 (看護婦はキッとした顔で上半身を起こす)
奥様と共に過ごすうちに、私は奥様を不幸に落とした男に復讐を誓った。
清純な乙女を、自分の新妻を不幸にした男を許せなかった。
いいえ、私の姉を。姉とも思う人を不幸にした男を許せなかった。

 (懐よりハンカチを取り出し、涙を押さえたまま横になる。)
そして、私はあの人を殺しました。
死因は脳出血でも、そうなる様に仕向けたのは私です。

 (涙を押さえていたハンカチを鼻にもっていく)
若い頃は私の体をむさぼる様に求めても、歳をとれば残るのは食欲。
兵隊時代に満たされなかった食欲。戦後の食料難で満たされなかった食欲。
その反動か、グルメとは程遠いガツガツと詰め込むだけの食欲でした。
私は看護婦ですから、あの人が糖尿病になる事を知っていました。
勿論、お医者様からも正確な医学知識をいただきました。
あの人の主治医は、看護資格のある私に食事療法を丁寧に教えてくれましたし、
糖尿病の合併症の恐ろしさも話してくれました。

 (看護婦はハンカチを引き裂く様に引き絞り身を起こす)
私はその知識を逆に利用しました。あの人を殺すために。
あの人は若い頃に満たせなかった食欲を取り戻すかの様によく食べました。
アッと言う間に太りましたが、あの人は貫禄が出たと喜んでいました。
最初の事故は腕の骨折で ・ ・ ・ 玄関で躓いたのです。

 (看護婦はハンカチを持った手を額に当て倒れる様にまた横になる)
その治療中に太り過ぎを注意され、精密検査で糖尿病と診断されました。
主治医は本人にも食事制限を話しましたが、聞く様な人ではありません。
私は糖尿病で足が腐るか、目が見えなくなると思っていましたが、
命取りになったのは動脈硬化の方でした。
脳出血で倒れたのは、夕食の用意をしている時なので、私は気付きませんでした。
食事の用意が出来たので、呼びに行って倒れているのを発見しました。
救急車を呼び、病院で死亡が確認されました。

 (看護婦は寝たまま横を向きローチェストから封筒と巾着袋を取り出す)
あの人の3回忌が過ぎたら電気屋の義弟が不動産屋を連れてきて。
この家と、元屑鉄置き場の土地にマンションを建てないかと切り出して。
何をたくらんでいるのでしょう。
あの人が亡くなってから顔も見せなかったのに、多分、私が邪魔なんでしょう。
最近は電気屋も以前ほどは商売にならない様だし。
子供のいない私が死ねば、この土地の相続権はあの人の弟と私の弟ですから、
共同経営者にでもなって相続に有利な名目を作ろうとしているのかもしれません。

 (看護婦は起き上がり片手に封筒を持ったまま巾着袋を開く)
今夜、遺言状を弁護士に渡したら、私はこの巾着袋のマンドラゴラを飲もうかしら。
私も罪深い女かもしれないけど、その女の土地を掠め取ろうとする義弟も性悪ね。
後ろで嫁がネジを巻いているのかもしれないけど、男は始末におえないわね。

 (看護婦は遺言状と巾着袋を喉元に抱えて死を暗示するかの様に静かに横たわる)