3幕5場(中央に佳子が寝ている)

 (中央の障子を開けて看護婦が入って来て布団の中で脈を診る)
佳子:あら、おはよう。
看護婦:おはようございます。奥様。
佳子:障子が明るいわね。お天気も良さそうね。
看護婦:はい。今日は良い桜日和になりそうです。
佳子:そうね。春になったのよね。
看護婦:お庭の桜も満開です。
佳子:後で一枝この枕元に持ってきてちょうだい。
看護婦:はい。

 (一旦看護婦は下がり、桜の花瓶を持ってくる)
看護婦:お目覚めの時に見やすい様に奥様と障子の間に置きましょうか。
佳子:桜は好きだからもう少し近くにして。良く見える様に。ネッ。
看護婦:それではここに。
 (看護婦は佳子の傍に来て顔を覗き込む)
佳子:桜の花、綺麗ねえ~。
佳子:あら。なあに。私の顔に ・ ・ ・ 何か。
看護婦:いえ、奥様。
看護婦:桜を眺める奥様の目がお綺麗で。まつ毛も長くなりましたし。
佳子:なぜか良く眠れる様になって。
看護婦:はい。目元がとても美しくなりました。
佳子:ありがとう。桜、綺麗だわ。
佳子:昼、暖かかったら障子を開けたいわね。
看護婦:甘酒でも作りましょうか。
佳子:桃に白酒。桜に甘酒?。楽しそうね。
看護婦:はい。そうします。
 (看護婦は中央の障子から出て行く)

 (看護婦がお盆を持って入って来る)
看護婦:奥様、お昼は玉子粥にいたしました。
佳子:甘酒もできたの。
看護婦:はい。ございます。
佳子:障子も開けてもらえるかしら。
看護婦:風も弱いですから開けてみます。寒い時はおっしゃってください。
佳子:あ~。花の香りが。ほほほ。そこの花瓶にも桜があったわね。
佳子:玉子粥より先に甘酒を先にいただきたいわ。
 (看護婦は佳子を少し抱き起こし甘酒を飲ませる。)
佳子:おいしい。桜に甘酒。楽しいわね。
佳子:少し風が。障子を閉めて。
 (看護婦は佳子を寝かせ障子をしめる)
看護婦:玉子粥にいたしましょう。
佳子:ううん。もういいわ。
佳子:甘酒、楽しかった。少し休みます。
 (看護婦は布団を整えお盆を持って出て行く)

 (夕方になり看護婦が入ってきて脈を診る)
佳子:あら。もう夜になったの。
看護婦:はい。寝る前の脈を診にまいりました。
佳子:いまね。桜見物の夢を見ていたの。
佳子:そしてね。酔った人が桜の木をゆすって花を散らしたの。
佳子:でも。いま目覚めたらそこに桜があって。
佳子:良かった。散っていなくて。
看護婦:今夜の夢では酔っ払いのいない夢を見てください。
佳子:ほほほ。自由に夢が見れたらいいわね。
看護婦:はい。ここに奥様の桜がございます。
佳子:そうね。桜を独り占めね。
看護婦:奥様。おやすみなさいませ。
佳子:おやすみなさい。

 (翌日看護婦が入ってきて脈を診る。桜の花は散っている)
看護婦:(脈を診ながら首をかしげる
看護婦:(小声で)奥様。
看護婦:(再度脈を診て首をかしげる
看護婦:(顔を覗き込みながら)奥様。
看護婦:(布団の脇に突っ伏して)奥様。奥さま~。お姉さま~。