不毛の労働は人格を壊す。

 昔、有明海沿岸で『水俣病』という奇病が発生した。長い間、病気の原因が判らず、多くの人に水俣病は蔓延した。原因は地元の工場が有明海に垂れ流した廃液中の有機水銀であった。
 有機水銀は神経系に蓄積し、成人であれば神経の絶縁体の役目をするスリーブと呼ばれる細胞を壊した。絶縁体の無い電線がショートする様に神経もショートし、動かそうとする情報が漏れて体が不随意に動いてまともな生活ができなくなってしまった。乳児や幼児は発達段階の脳が侵されて重篤な障害を受けてしまった。
 
 有明海の魚が水銀汚染されていると判ると、魚は売れなくなり、漁師の生活は成り立たなくなった。抗議行動として工場の正門前に大量の魚が撒かれたりした事もあった。そして、工場は漁師が獲ってきた汚染魚を買い取る事で漁師の生活が成り立つようにした。
 漁師は魚を取り、工場が市場と同じ様に買い取る事で、最初はうまく行くと思われた解決策であったが、本来ならば食料となる魚を、廃棄するために獲る虚しさが漁師の心を蝕み、いつしか働く気力を失ってしまった。
 労働の喜びはお金を得る事だけではないのだ。自分の労働が社会の一端を担い、社会の役に立っているという実感がなければ継続できないのだ。