『イジメ』を『犯罪』にまで放置してはならない。

 私は2011年11月30日のブログ『ヒエラルキーによるイヂメの下方連鎖』で、
 『イジメの根源は群れて生きる動物の簡易な序列確認の本能的行動が人間にも残っていて根絶はできない』と書きました。
 
 犬でも猫でも産まれてしばらくすると兄弟姉妹で順位付けのじゃれ合いをします。人間も集団になれば順位付けをしてもおかしくありません。人間同士でもじゃれ合いの様な競争であれば、イジメなのか遊びなのか区別するのは困難です。
 しかし、群れる動物は順位付けのじゃれ合いの中から狩のやり方を学んだり、集団行動のルールを学びますが、人間はもっと頭が良いので生活の悪知恵も学んでしまいます。そしてそれは『犯罪の上手なやり方』にまでエスカレートしてしまいます。
 
 じゃれ合いの様な『イジメ』は現場の先生にも発見は困難かもしれませんが、『犯罪』は気付くはずですし気付かなければならないのです。それは、生徒には学校内の『犯罪』を解決する事ができないからで、先生や学校が気付かないといけないのです。(庶民には犯罪を取り締まれないので警察があるのと同じです)
 もし過度な『イジメ』や明らかな『犯罪行為』に知らぬふりをしたとしたら、それは学校や先生の職務怠慢ではなく犯罪の片棒を担ぐのと同じ事です。(警察が犯罪者を擁護したらどうなりますか?ねえ先生!!)