現代は下水道世代の時代。

  私の住んでいる所は武蔵の国であり、俗に言う武蔵野台地になる。父がここに居を移した時は、まだ水道も引かれていない畑に隣接した土地であった。
  このあたりは地下10mくらいに水脈があるので、飲み水はその水脈まで井戸を掘った。水道が無かったくらいだから、下水道などあるはずもなく、トイレはボットン便所の溜め式で月に1回ほどバキュームカーのお世話になった。
 
  そんな町の外れの我が家だったが、1964年の第一回東京オリンピック前には水道が引かれ、オリンピック後には下水道も整備された。それにより、臭いボットン便所から開放されたのである。
  下水道の普及は生活から見たくない汚物を魔法のごとくに消し去ってくれた。だがしかし、それは汚い物は目に見えない所に人知れず棄てるという意識すら持たせずに『汚物は眼前から消せ』という意識を人々に根付かせる事になった。
  そして、終末期の病人は死ぬまで入院させて病院で死ぬという世の中がきた。家庭から終末期の病人という下水道に流せない汚物は家庭から追い出して病院へ追いやったわけである。
 
  そんな大人の心の変化は子供にも自然と伝わり、それまでの体力、知力、財力が原因だったイジメに『美醜』という概念が持ち込まれ、現在の理不尽なイジメの始まりとなったと私は考える。
  従来から『強弱』以外にも『美醜』はからかいの対象ではあったが、イジメの主要因は『強弱』という絶対的尺度であった。ところが、現代は『美醜』という相対的尺度の方が大きな割合を占めている気がする。
  相対的尺度によりイジメは陰湿化し、絶対的尺度時代には少なかったイジメを原因とする自殺が増えたと私は感じる。相対的尺度というのは絶対的尺度に比べると非常に理不尽なのである。
 
  私もイジメの被害者であった。なおかつ、私をいじめたのは歳の離れた長兄だったから逃げ場が無かった。しいていえば、学校へ行って学校でいじめられた方が楽だった。
  学校のイジメは学校にいる時だけだし、同年代だから長兄のイジメに比べれば何という事はなかった。
  そして今、私は悟った。長生きすればいじめる側に立てるのだ。徳川家康が天下を取ったのも、織田信長豊臣秀吉が先に死んだから家康は天下を取れた。勿論、長生きすれば悪知恵も時代を読む目も肥える。長生きすれば過去のイジメをジワジワと返す事もできる様になるのだ。