愛の形(Wife's side)

 佳子と婚約した勝蔵は性欲に負けて夜の街で女を買い梅毒を貰ってきた。性病は他人に移った時に伝染力が一番強くなる。勝蔵は梅毒の感染を知らぬまま潜伏期間中に初夜を迎え、新妻の佳子にも梅毒を移してしまった。勝蔵は男性器の構造から発見も早く内緒で治療できたが、女性器は発見が遅れる上に脊髄に近く、佳子の梅毒は脳にまで達して下半身からじわじわと麻痺が広がり、上半身を起こすのも艱難になってしまった。

 嬉し恥ずかしの新婚生活から起き上がる事もままならぬ体になった佳子の介護は、勝蔵が、自分の愚かしさから女房を不幸にした、俺が一生かけて償うと誓った。幸いな事に朝鮮特需で屑鉄屋は繁盛し、勝蔵は事務所で屑拾いが持ち込む屑鉄を買い取るだけなので、佳子の身の回りから食事の用意、そして下の世話もした。一生懸命に自分を介護する勝蔵に、佳子は梅毒を移された恨みも徐々に薄らぎ、許しの気持ちが少しづつ積み重なって行った。

 朝鮮戦争が終わると勝蔵は屑鉄屋から転業して、弟の勝利が売ったテレビの据付工事が忙しくなり、佳子の介護が手薄になった。仕方なく勝蔵は主治医に相談し、佳子のために住み込みの看護婦を雇った。看護婦が来ると勝蔵は顔を見せる事が少なくなり、佳子は看護婦にその分つらくあたった。看護婦はそんな佳子にも優しく、勝蔵よりも丁寧に介護をしてくれた。何よりも嬉しかったのは女同士ゆえに介護には痒い所に手の届く様な気遣いがあった。献身的な介護が数年も続くうちに、佳子には看護婦を妹の様に思う感情が育って行った。

 ある日、高ぶる感情を押さえ切れない佳子は看護婦に勝蔵の後添えになってくれと話してしまった。看護婦はその話に取り合おうとはしなかった。だが、佳子の感情は堰が切れた様にほとばしり勝蔵にもそれを話した。夫も『俺はお前のすべてに責任がある』とか『お前以外に女房はいない』と取り合わない。佳子自身も一時の感情で2人に馬鹿な事を話したと後悔したものの、その思いは佳子の心から離れる事はなかった。

 何日かするうちに、またも佳子の感情が高ぶり、夫と看護婦に枕元まで来てもらい、新たな条件をつけて2人に話した。条件は『正式な婚姻は私が死んでからにして欲しい』だった。看護婦も30歳に手の届く行かず後家になっていて、当時としては新たな結婚は望めない。勝蔵もそこは気の毒な事をしたと感じていた。そして妻の奇妙な勧めから勝蔵は看護婦を抱く様になった。

 佳子は感情の高ぶりが静まると『もし看護婦が妊娠したら私はどうなるだろう』と不安になったが、1年経っても看護婦に妊娠の兆しは現れなかった。梅毒で精子を作れなくなったか?あるいは南方でマラリアにかかった時から精子を作れなくなっていたのか?理由は判らないが、看護婦が妊娠しない事に佳子は安堵した。

 もう一つ佳子の心をかき乱したのは看護婦のあえぎ声であった。最初のうちは物音だけだったが、1年ほど経つと看護婦のもだえる声が聞こえる様になり、佳子は自分から後添え話を切り出したにもかかわらず、その声を聞くのは胸をえぐられるほどの苦痛だった。だが佳子には、目をつむって額に皺をよせて耐えるしか方法がなかった。数年経つとその苦痛に耐える佳子に不思議な感覚が押し寄せた。看護婦のよがり声が自分の内側から湧き上がった様に感じ、目覚めて初めて自分が知らぬ間に眠ていた事に気づいた。

 それからの佳子はよく眠る様になり、目覚めも何か楽しい夢を見た時の様な幸せな気分に変わっていた。そして段々と寝ている時間が増え、佳子の最後は看護婦が朝の脈をとって初めて気づいたほどに静かな旅立ちであった。