ものを書く難しさ。

 ケンチャンを主人公にして『魔法の箱』を書いたら、私の体験を混ぜてケンチャンを成長させてみたくなりました。書くうちにだんだん長くなり、些細な思いつきから始めた事だったので時系列の辻つまが合わなくなりました。
 たとえば『生徒は助かったけど、お婆ちゃんは死んだ。』でも、国旗掲揚柱に生徒が登りますが、今のポールはステンレス製で子供には登れません。ところが、昔は杉の丸太でしたから、素手素足なら登れたのです。しかも、ポールの下は杉丸太を押さえるために、高さ2mほどの礎石が両側から杉丸太を挟んでいたので、登るのは簡単でした。
 星新一の最初の頃の作品の『安全地帯』が路面電車の駅という意味でなくなってしまったので書き直したという有名な話があります。私も、文中で国旗掲揚柱が杉丸太であった事を説明すべきであったと気づきました。
(登るのは意外と簡単ですが降りる時にトゲが刺さり落ちる奴もいました)
 更に、よくよく考えてみると現在のお爺ちゃんの年齢は70歳なかばでしょう。父親は50歳なかばで、ケンチャンは25歳くらいになります。本当ならばその時代背景の雰囲気を文章で表さなければなりません。最初に時系列や人間模様を考えていたらケンチャンの物語は書けなかったかもしれません。
 拙い文章表現で申し訳ありませんが、すべての状況を出し切るまで時系列を無視したこのスタイルを続けさせていただきます。
(本日、杉丸太の台詞を加筆訂正しました)