教育者は『いじめ』をどう考えているのか。

「いじめ解消」に初の定義 文科省方針 「誤解されかねない」など反対意見も
西日本新聞 1/24(火) 10:22配信
文部科学省は23日、学校が「いじめはなくなった」と判断した後に被害者が自殺するなど、児童生徒間でいじめが続いている事例が後を絶たないことを受け、「(加害)行為がやんでいる状態が3カ月継続し、被害者が心身の苦痛を感じていないこと」などを「いじめ解消」の定義とする方針を初めて公表した。
(ネットより一部抜粋)
 
  これってハテナ?だな。そもそも、教育者は『いじめ』をなんと考えているのだろうか。一般社会人にこれらが『いじめ』ですと事例を示さないと、私などは『いじめ』が何なのか判らないのだ。
  具体的な『いじめ』が定義されていなくて、上記の様な文部省の方針を示されても、私なんか「なに言ってんだか」の気分である。
 
  一般社会人の中にも『○○ハラスメント』という言葉があるんだ。なおかつ、法的手段に訴える事もできるんだ。ところが、子供社会では何をされても『いじめ』で済ませるのか。
  『いじめ』の行為を一般社会に当てはめれば、暴行とか恐喝とか強要とか詐欺とかの犯罪行為が行われているのだ。昨夜のブログ『大人は子供を守らない』の150万円ものおごりは、本質的には恐喝なのだ。
  私は、昨夜は893のみかじめ料と言ったが、150万円もの恐喝は893だって舌を巻き、尻に帆をかけて逃げ出す立派な『恐喝』なのだ。
 
  それにしても文部省とはずいぶん頭のネジの緩んだ役人の集団である。『3ヶ月後にもいじめが止んでいなければ告訴も視野に入れる』と何で言い切れないんだ。
 
 
 
  昨日のブログには書かなかったが、横浜市教育委員会岡田優子教育長が判断を撤回しないのは、多分、おごってもらっていたいじめっ子の中に地域の実力者の子供でも入っていたんじゃあないだろうか。
  そして圧力を受け、自己保身のために一般社会にあっては恐喝や強要に相当する『いじめ』を「いじめと認定できない」としたのだろう。
  でも、横浜市教育委員会岡田優子教育長のやったこういう行為って、一般社会でいえば偽証になるんだろうか。バカな私には判らないけど。