私が骨を好きになった理由。

  話の発端は、日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故だったと思うが、その辺の記憶はぼやけてしまって定かではない。
  話が本当か嘘かも定かではないが、あるご婦人が数体の頭蓋骨を胸に抱いた後『これが主人です』と頭蓋骨で夫の遺骨を見つけたという話に、私は涙すると共に、子供の頃からの骸骨への恐怖は消えた。
  ひるがえって、私だったら頭蓋骨で女房を見つけられるだろうかと考えてしまった。勿論、女房にもそれを聞いた。女房は『たぶん判らない』と言うし、さらに『頭蓋骨は抱きたくない』とも言った。
 
  日航機墜落事故では無線屋仲間にも大変な仕事を受けた奴がいた。事故現場は山頂に近い尾根であり、遺体回収のために多くの自衛隊員が入り、またマスコミ関係者も現場に入った。
  ところが山の上だから取材記者が記事を送ろうにも電話が無い。自衛隊は自前の無線を使い、マスコミ関係も自前の無線を用意するしかなかった。当時はまだ自動車電話の時代で、サービスエリアも都市部に限られ山間部では使えなかった。
 
  そんな現場で仕事をした無線屋仲間がその様子を話してくれた。とにかく500人からの遺体が広範囲に散乱し、遺体の損傷も激しく、しかも時期は夏真っ盛りである。
  山全体が死臭に包まれ、遺体もどんどん腐っていく。無線屋は遺体収容作業にはたずさわらないが、自衛隊員は防水性のシートに1人分の遺体を包んで2人で運ぶが、足元は整地されていない山の斜面なので、遺体を包んだシートからは腐肉の汁がしたたる。
  遺体をその場に埋めてしまうのならば簡単なのだが、事故の原因をすべて明らかにし、遺体は家族の元に返さなければならないという義務的作業なので、自衛隊員の作業は大変なものであったという。
  また、自衛隊員ほどではなかったが、死臭の中で無線機と発電機の面倒をみるのも、また大変だったと語っていた。
 
  尾根から下ろされた遺体はどんどん腐敗がすすむので荼毘にふし遺骨とする。たぶん、特殊な事情だから、個人同定のためにも歯型を見られる様に頭蓋骨は髑髏のままにしておかれたと想像できる。だから、話のご婦人の様に頭蓋骨で夫と判別できたのだろう。
  これも聞いた話ではあるが、火葬場の窯の後ろには焼け具合を見る穴があり、焼き上がった骨は見かけの残酷性を軽減するために、穴から鉄棒を入れて突き崩すという。
  だから、普通の火葬では頭蓋骨も突き崩され髑髏の形をしていない。また、骨を突き崩さないと頭蓋骨や長い骨があるので、骨壷に入れる時に死者の骨を遺族に折らせる事になってしまう。そんな事を遺族にはさせられないので、火葬場の人が骨を突き崩すのは仕方がないと思える。