女房は打ち身の治りが早かった。

  階段から落ちた女房には、左の腰の後ろ側に赤黒い大きな打ち身ができていた。
  背中を拭いてくれと言って、女房が慎重に体の向きを変え、右側の背中を見せたので右側の背中を拭いた。次にゆっくりと左の背中を見せた。
  左の背中を拭こうとして、右側の背中を拭いた時と同じ様に背中に顔を寄せたら、女房の背中がスルメ臭かった。
  打ち身は衝撃で肉が潰れたり、血管が破けて血まみれになった肉が皮膚の下で死に、体内で分解し、それらの異臭が皮膚から発散されていると直感した。
 
  そういえば、飼い犬が飼い主の癌の臭いを嗅ぎ取り、癌の早期発見につながったというニュースの流れた事がある。臭いには鈍感な私だが、女房の背中のスルメ臭にはドキリとした。
  地震などで長時間崩れた物に挟まれていた人の救助には注意深い対応が必要と聞いた事がある。水も飲めずに長時間挟まれていた人をいきなり救出すると、挟まれた部分に血流が戻り、そこに貯まった老廃物が全身に回って死んでしまう事があるという。だから、まずは水を飲ませるそうである。
 
  私は女房のスルメ臭を、打ち身で死んだ細胞が体内で分解する臭いだと感じた。si死んだ細胞が分解した老廃物は肝臓で無毒化され、腎臓から体外に排出される。もし、体内の老廃物が処理しきれない量であれば人間は死んでしまう。
  幸いな事に女房は内臓が強く、入院時のMRIには圧迫骨折した背骨と打ち身が白く写っていたが、その12日後のMRIでは背骨は白く写っているものの、打ち身の白い影は消えていた。
  退院後に見た女房の腰の皮膚も、青タン赤タンはほとんど消え、ほんのわずかに皮膚の色が打ち身の跡を残すだけになっていた。
 
  内臓が丈夫という事は傷の治りも早いという事なのだろう。そういえば、老人は口裏を合わせたかの様に『若い頃とは違い、病気の治りも怪我の治りも遅くなった』と言う。
  現在の私の腎臓は約50%しか働いていないから、女房と同じ打ち身をしたとしたら、たぶん回復は女房より長引いたと思う。私の持病の痛風も、腎臓の代謝能力が低いために尿酸が関節などに蓄積して痛みを発する。
(若い頃に無茶な深酒などで内臓を酷使しなければよかったと遅すぎる反省をしている内蔵助です)