廃棄工学のススメ。

  人間は道具を使う生き物である。『2001年宇宙の旅』という映画の中で、ただの獣であった人間がモノリスに触れた事により、丈夫な骨を棍棒という武器として使う事により生存競争で優位に立つという映像が出てくる。
 
   人間は自然界の物を道具として使うだけでなく、自然界にあるものを加工したり組み合わせる事で、新しい道具を作り出す知恵を得た。それにより、人間は他の生物よりも生存上圧倒的に有利になった。
  食料としての動物を狩るために棍棒を振るい、棍棒では届かぬ所にいる獲物に向かっては投げて狩るために槍を発明し、狩猟道具として弓矢にまで進化させた。人間は目的のために適切な道具を作り出すという生産工学を自然と身に付けていった。
  しかし、道具というものは壊れたり磨り減ったりして、道具としての価値がなくなる時が来る。すると、棍棒であろうが槍であろうが最後は燃料として燃やしたり、住居の近くにゴミとして廃棄された。
 
   今まで人間が生産する物というのは、廃棄にかかる時間よりも生産する方に時間がかかったから、人間は生産プロセスを考えるのは得意である。
  ところが、人間は生産するよりも廃棄に時間のかかる物を作ってしまった。それは原子炉である。原子力発電所を造るのは大工事ではあるが、用地の問題さえ解決すれば、基礎工事から5年もかからずに発電可能になる。
  出来上がった原子力発電所の原子炉の稼動寿命は約40年くらいだが、放射性物質で汚染された原子炉の廃棄にも40年くらいの時間がかかるのである。道具として造る時間よりも、廃棄のためにかかる時間の方が長いという道具は人類史上初めての事である。
 
   だから、はっきり言ってしまえば、原子炉廃棄のやり方に人類はまだ習熟していないという事になる。製造するための工程を考えるのは得意な人類だが、原子炉を発明して初めて廃棄という工程をしっかり考えなければならない事態に直面した。
  20世紀から21世紀は生産プロセスを考えるだけでなく、生産物の廃棄というプロセスを同時に考えなければならない時代になったと、私は思う。