人間は皆『ファウストだ!!』

 私のご近所にはご夫婦とも堅い仕事に就かれていたお宅があった。しかし、お子様はなく、悲しい事に余生を楽しめる頃に奥様が亡くなられた。
 堅いお仕事だったご主人はそのまま老境に入られるかと思ったが、若い女性の姿でメフィストフェレスが現れた。そして、のめり込んで家まで手放す事になった。
 
 人は老境に入る前にやり残した事や、やりたかった事を思い返し、叶うならばそれをやろうと考える。私に現れたメフィストはシルバーウィングの『ベラドンナちゃん』だった。
 ピースガレージでベラドナちゃんを受け取り、帰りの少し下り坂の走り出しには250Kgほどもあるグラマラスな車体に緊張し、後ろを振り返ってヒデ様ご夫婦に別れの会釈をする余裕もなかった。
 葉山から走り出して江ノ島までに、いう事を聞かない巨体に胃袋が痛くなった。しかし、それは小手先の操作には動じないシルバーウィングの安定の良さであり、乗り慣れると左折するのに限界まで速度を落とすと、ハンドルがカクンと落ちる様に曲って行く色っぽさがあった。その逆に速度オーバーでコーナーに突っ込むとはらんでしまい、力でねじ伏せるのが大変だった。
 
 手塚治虫の漫画に(題名は忘れてしまった)ファウストを題材としたのがある。ファウストを不破臼人(フワウスト・そのまんまじゃん)という侍にし、メフィスト役はすだまという女性にした。
 すだまは不破臼人の希望をきき、苦労してかなえてやる。そして、不破臼人が切腹する時に最後の願いを聞こうとすると、不破は自分の夢と希望をかなえてくれたすだまに愛の告白をして死んでいく。
 
 ゲーテの名作『ファウスト』は人生の老境にさしかかる人間の普遍的欲求を描いていると思う。だが私は手塚治虫の漫画の方が、すだまへの告白シーンがあるので好きである。