やめたくてもやめられない仕事。

 かなり昔の話で恐縮だが、私の友人のお父さんは小さな特殊電球を作る人だった。ガラスを極小の電球状に加工し、中に小さなフィラメントを入れる個人企業だった。その電球は潜水艦の計器盤のランプとして使われるだけで、商品として市場に出回る事はなかった。それでも、物が物だけに自衛隊から安定した注文があった。
 ところが、自衛隊の装備更改につれ注文は減少し、自分も年をとったので辞めたいと思ったが、他に製造を代われる会社も職人もいないので老眼鏡をかけて仕事を続けた。もちろん、注文も減少し特殊電球で食う事は出来なくなっていた。
 友人の話では『潜水艦が無くなるまで作り続けるか、ワシが死んで潜水艦が動かせなくなるかだな』と、冗談を言っていたそうだ。
 
 戦後も短波は送信機からアンテナまでの給電線は平行2線式が多かった。超短波の給電線は同軸だったが、それは超短波の送信出力はおおかた数10w程度なので中芯導体と外装導体の絶縁にあまり気を使う必要がなかったからである。
 ところが、大電力用の同軸ケーブルが作られる様になると、短波の世界にも同軸ケーブルが導入される様になった。
 そうなると、アンテナ切り替えのために大電力の同軸切替機も導入された。ところが、そういう特殊機器は安定した注文が無いため、製造メーカーは経営不振になってしまった。
 だが、同軸切替機を造るメーカーはその1社しかない。そして、無線関係各社がそのメーカーの経営をテコ入れする事になった。
 
 最近では半導体製造メーカーのルネサスで同様な事が起きた。一時期は日本の半導体モリーが世界を席巻したのだが、台湾などの後発メーカーが力をつけてルネサスは経営危機に陥った。そして、これも半導体モリーが必要な企業がテコ入れする事になった。
 
 モノ作り日本には、経済の法則とはかけ離れた不採算でありながらもやめるにやめられない企業がある。
 
 そして今後、やめるにやめられない会社が必要になる。それは原発関連の会社である。稼働するにせよ、脱原発にしろ、今まで貯め込まれた放射性物質を安全管理する会社は、今までの人類の記録された歴史よりも永い年月を真面目に務めなければならない辛い仕事になると思う。
 それは人類のためにやめるにやめられない重要な仕事になる。だが、長期的には日の当たらない嫌な仕事になり、モチベーションを保ち続けるのは困難で、モチベーションが崩れた時にはひどい事件が起きそうな気がする。
(事件の起こるのは500年後か、千年後か、あるいは1万年後かもしれないけど)