適正価格とは。

 私は中年の頃に積算の仕事をした事がある。だけど、デスクワークが大嫌いな無線屋だったので、その仕事が嫌で嫌で仕方がなかった。とはいえ、女房子供を養うためにはやるしかなかった。
 
 送信所のビルの積算などは、積算資料雑誌にセメントや砂利から材木、職人の時給まで出ている。ビルが出来れば今度は送信機などの機械を据え付ける工事の積算をしなければならないのだが、特殊技術を要する作業なので積算資料などには載っていない。資料に無い作業はその工程にどれくらいの時間がかかるのか、その作業に必要なスキルはどの程度かを調べて単金を決めなければならない。
 無線機の値段を決めるのはさらに面倒で、設計図を見ながらそれぞれの部品の値段を合算し、板金などの見積もりもしなければならなかった。
 
 そんなこんなをやれば積算金額が出てくる。そして、入札金額を決定する時には積算した結果に15~30%の金額を上乗せする。
 無線関係は高度な技術が必要なので入札できるのは1級業者に限定される。元請の1級業者はあまりスキルの必要のない工程や、本当に特殊な工程を子請けや孫請けに任せるので、大きな利幅で落札額を決めていた。言ってみれば談合などの発生しやすい契約形態であったが、利点としては利益を度外視した無謀な入札と、技術力の低い会社が落札するという事はなかった。
 異常な入札が行われたのはオフィスオートメーションの幕開け期だった。数千万円にもなる工事を1円で落札するのが当たり前で、本体工事で利益は出ないがオフィスオートメーションはソフトで動くから、そのプログラム作成で元を取り、完成後の保守点検や定期的なパソコンの入れ替えで利益が見込めるので1円入札がまかり通った。
 
 談合などが社会的な非難を浴びて競争入札となったが、利益を割る様な低価格で入札して手抜き工事や技術不足の未完工事が起きる様になった。最近は、東芝特許庁のシステム化を落札したが、技術不足でギブアップした事が新聞をにぎわせた。
 私は考える。昔のやり方が良かったとは言わないが、適正利潤という考え方はどうなったのだろう。物には原価に利潤が上乗せされて売価が決まるのが当たり前である。ところが、現代は自由競争の名のもとに企業間の競争が激しくなって、利幅を削り合理化を推し進めている。時に、それは何かを圧迫して大切な事まで捨ててしまっているのではないかと心配になる。
 すなわち、品質向上に注がれるべき企業努力が、合理化に注がれるのは本末転倒な気がする。レクサスブランドを立ち上げたトヨタの判断は、ある意味で正しいのかもしれない。
 
蛇足?
 元請会社よりも、子請け孫請けに優れたスキルの会社なんてあるの?と疑問を持たれるかもしれませんが、代表例とすれば宮大工の金剛組がそれになります。
 金剛組は一般的な建築会社ではなく、神社仏閣の修理や文化財としての木造建築の修復にはなくてはならない大工集団なのです。ただ、それゆえに現代においては会社としての運営は大変厳しいものがあります。