手の平温度計?

 私は無線屋で、無線機は当然ながら電気を使います。その電気は電力屋が供給してくれます。大きな無線局ですと無線屋と電力屋は別なのですが、小さな無線局だと無線屋が電力も保守しなければなりません。
 
 私は電力保守が嫌いでした。物が大きくて、重くて、うるさくて。発電量で言うと50KVAの発電機までしか保守した事がありませんが、停電すると自動でディーゼルは始動しますが、直ぐに発電機室に飛んで行って回転数を確認し、オイル圧をチェックし、燃料小出槽をチェックし、少なければ手動でポンプを漕いで燃料を小出槽に上げました。
 ディーゼルの回転数は750rpmだったと思いますが、発電機室はしっかりと造られていて外に音は出ないものの、発電機室内は話ができないほどうるさくて嫌でした。
 この頃は、停電で送信機が停止するのは当たり前でした。だから、発電機の面倒をみる者と無線機の電源を入れ直して調整する者とがバタバタと走り回る事になります。当然、ベテランが無線機を立ち上げ、下っ端が発電機の面倒を見るのでした。
 
 昔から停電しても無線機が停止しない電源設備もありました。それは小電力の無線機用で、真空管のヒーターから受信機と送信機のすべての電源を鉛蓄電池から供給した原始的無停電方式です。
 停電すると手動で発電機を回し、商用電源から自家発電に切り替えます。その間は鉛蓄電池から電力を供給するのですが、送信機に500Vの直流電圧を供給するには250個の鉛蓄電池を直列接続しなければなりません。
 毎日鉛蓄電池の希硫酸の比重と電圧を測り、週に1回は充電作業を行います。充電時には250個すべての電池の比重と電圧を測定するので、知らぬ間に作業服に希硫酸がかかって数ヵ月後には穴があきました。
 
 無停電電源装置も保守した事があります。常時は交流発電機を交流電動機で回していますが、停電を検出した途端にその発電機と電動機の軸に直結したディーゼルエンジンを起動して電磁クラッチを接続して発電機を回し続ける仕組みになっていました。
 とにかく無停電装置ですから、発電機と電動機は止まる事がありません。発電機や電動機を支える軸受けには温度警報機が付いていて発熱すると警報を出す様になっていますが、毎日点検するうちに、軸受を手の平でさわれば温度が判る様になりました。
 しばらく手の平でさわっていられれば50度。アレアレ?少し熱いなと手を離したくなれば55度。これは熱いと数秒も触れられなければ60度。それ以上になれば警報機が動作しました。
 
 そこまで手の平の感覚を覚えても日常では何の役にも立ちません。湯の温度は100度だし、アイロンなんか下手にさわれば火傷だし。赤ん坊の入浴には女房が船の形をした温度計を買ってきたし。
 子供の額にふれて『この子風邪をひいたかもしれない。チョット熱がある』という女房の手の平温度計の方が家庭では役に立ちました。