郵便局のおかしな習慣。

 局留め郵便(ゆうパック)を近所の郵便局に取りに行ったら『本人性を確認しますから運転免許証か保険者証を見せてください』と言われて、写真のある方がよかろうと運転免許証を出した。
 すると、受け取り人名と運転免許証を照合した後『免許証番号をメモします』と言うので、私は即座に拒否して保険者証を出した。すると、窓口担当者は迷わずに保険者証番号をメモした。
 
 まあ、保険者証には写真が無いので番号をメモするのは仕方がないと思ったが、写真がある運転免許証での本人性確認で免許証番号までメモしなければならないのだろう。
 それは、ただ郵政省時代からの責任逃れの慣習に過ぎないと推測できる。小泉が郵政民営化を行い、民間企業になってから少なくとも10年くらいにはなるだろう。だが、頭の中身は郵政省時代とは変わっていないという事だ。
 この個人情報の取り扱いの厳正化の流れの中で、郵政省時代のお役人根性が抜け切らないお馬鹿な郵便局の窓口対応であった。
 
 ではなぜ私は運転免許証の番号を知られたくないのかというと、警察の収集した情報のすべてを見られる危険性があるからだ。
 私には70年安保の嫌な思い出がある。労働組合で安保反対のデモにも参加し、5人が腕を組み私は一番外側で行進した。私の前列の中央に組合の活動家がいたのは知っていたが、溜池を過ぎたあたりでデモ行列の外側に機動隊が並んだ。
 私はフランスデモ抑圧のためだろうと思っていたら、いきなりジュラルミンの盾で後頭部を殴られた。そして、前列の中央にいた活動家は検挙された。
 ところが、私の前の人はジュラルミンの盾で顔を殴られた。思わず手で顔をかばったら『機動隊に拳を振り上げた』と公務執行妨害で検挙された。
 
 そんな事はよくあった事なのだが、警察で調書を作る時『部落出身者』などと被差別者への悪口雑言を言われたそうだ。
 それはなぜか。軍国主義国家の日本には思想犯を取り締まるために特別高等警察というのがあり、特高は敗戦直後に全員放逐された。しかしである。昭和25年に日本でもレッドパージが始まると、専門家である元特高が警察の公安部門に戻り始めた。
 そいつらが、中心となって思想や血筋などの余計な事を記録として付け加えたのだ。そいつらも昭和50年代に定年退職となり、いま警察に特高経験者はいない。だが、その精神を叩き込まれた後輩はいる。
 
 郵便局と警察データはリンクしないだろうと首をかしげているアナタ。実は深い関係があるのです。
 特定郵便局というのは地域の信用のある人が開いた郵便局です。そんな家庭の子供達は役場や警察などが優先的に採用したのです。
 血のつながりのある親戚から頼まれれば、甥や姪の結婚相手が被差別出身者でないかどうかなど警察データを教える事もありました。みんな昔の話ですが、今の時代に昔と同じ事は起きないと私には断言できない。
 
 警察には個人にとって不利益な情報が膨大にある。支持政党はどこかとか、入党しているかとか、重ねた交通違反のデータからでも転居の概要は判ってしまう。その他にもマル走だの何だのと書かれているかもしれない。
 そんな運転免許証の番号をメモする郵便局の窓口とは、なんと無神経な連中なのだろう。
 警察官だって通行人を呼び止めていきなり『免許証を見せろ』とは言わない。免許証を見なければならな必然的理由が無ければ言わないし、必然的理由も無しに免許証番号をメモもしない。
 結論『なめんなよ。郵便局の時代遅れ頭め。!!』である。