孤独死をどう考えるか。

 6月29日(金)午後7時30分からNHK総合テレビの首都圏スペシャルで『あなたらしい老後と死は?無縁社会の中で』をやった。なおかつ、ツイッターで視聴者の意見も画面下部に流した。
 賛否両論。様々な意見があったが、どの意見にも。いや、出演者の意見にも抜けている視点があった。あるいはNHKゆえに出演者は口止めされていたのかもしれない。
 
 抜けていた視点は『死(死体)は小ぎたらしいものだ。』という事である。人はポックリと死ぬ事の方が珍しいという事を知らないのだ。トイレが水洗になってから汚い物を人は見ようとしなくなった。一頃の大病院は生ける屍の収容所だった。家庭に死臭漂う病人を置きたくなくて、病気治療として入院させ棺桶に入れて退院させていたのだ。
 
 人は死にたくても死ねないもので、孤独のまま死に至るという事は体の自由がきかなくなり糞尿まみれで死んで行くのだ。普通の死体すら見た事もなく、孤独死の糞尿まみれで時間の経った死体など想像する事もできないから、お気楽にツイートできるのだ。
 
 私が女房に先立たれて1人になったら、コンクリートや壁土を捏ねる箱を買い、下に石灰系の乾燥剤を敷き、その上に布団を敷いて寝る様にしようと考えている。
 糞尿を垂れ流せば石灰系の乾燥剤は熱を発する。多分、その熱だけで死への時間は短縮される。上手くすれば自然ミイラになるかもしれない。面白い試みだと自負している。
 
 さて、テレビは汚らしい現実は映さないし、臭いも伝えない。孤独死で1ヶ月も放置された死体がどんなものか見せればお気楽ツイートは一蹴されるだろう。
 以前、テレビ関係の仕事をした事もあるが、ニュース素材としてキー局に送られてくる映像には正視できないものが多数あった。
 高速道路で鋼材を積んだトラックに追突したトラックの運転手は、多数の鋼材に刺し抜かれて息絶えていた。別の追突事故では、間に挟まれて潰れた乗用車の後部座席から救出された人は膝から下がちぎれていた。拳銃で後ろから頭を撃たれた人の顔は鼻が無くなり穴になっていた。
 
 人の死とはむごたらしいものである。ましてや、時間の経った死体はどうにもならない。御巣鷹山日航ジャンボが墜落したのは夏であり、自衛隊が出動して死体の搬出をしたが、数日で死体は腐って溶け出し、ビニールシートにくるんで運んでも死臭や腐敗液は自衛隊員に降りかかった。東日本大震災でもPTSDになった自衛隊員もいるのだから、津波の犠牲者の死体も同様であったと考えられる。
 
 汚い物を遠ざけ、家族が減った核家族では死(死体)を見る機会も減った。だからお気楽にツイートできる。そんな奴が孤独死の死体を見たらゲロを吐くだろう。
 最後に一言だけ言おう『オメー、死(死体)を真剣に考えた事ねえだろう!!』