初夏の旅は鶯が道づれ(だった)。

 ハ~ァ。いったい何年くらい前になるだろう。30年くらいかな~。いや、それ以上かもしれない。
 
 若い頃に名古屋に出張した時、土日に普通の靴でも歩ける室生寺に行こうと思った。近鉄で赤目口まで行き、赤目四十八滝沿いに遊歩道をさかのぼり、ススキで有名な曽爾高原近くの奥香落温泉に宿をとった。
 
 赤目四十八滝は禁猟なのでアマゴが隠れもせず平気で姿を見せる。行動食のチーズを小さく丸めて投げ込むと私の立っている足元にまでチーズを食べに来る。赤目四十八滝が終わると、しの竹の茂る未舗装路を奥香落温泉に向かって歩いた。
 四十八滝が終わる頃から水音に混じって鶯の鳴き声が聞こえ、あちこちでホーホケキョホーホケキョと恋鳴きをしていた。奥香落温泉に向かう道路では、近くの鶯がケキョケキョケキョケキョケーと、俗にいう『鶯の谷渡り』で鳴き、遠くの鶯は恋鳴きをしていた。
 
 奥香落温泉に宿をとったのは赤目四十八滝室生寺の中間地点としてよい位置にある温泉だったからで、今の様に曽爾高原のススキ原の風景が有名になる以前で、それを意図して泊まったわけではなかったが、曽爾高原のススキ原の美しさは別格だった。
 ススキの眺めは関東ならば箱根の仙石原だが、曽爾高原のススキ原の美しさはお椀を半分に割った様な地形全体にススキが茂り、稜線まで他の樹木が見えないのだ。まるで毛並みのよい上等な猫の様に美しかった。
 
 翌日は東海道自然歩道を歩いて女人高野といわれる室生寺に行こうと思っていたが、目を覚ますとひどい雨が降っていて、路線バスで名張に出て帰った。靴もかなり濡れ、月曜の出勤はジワッと湿った靴で歩かなければならなかった。