震災2ヶ月、菅首相を考えてみる。

 5月8日のブログ『原発事故には決死隊を送るべし』の中で『戦前も戦後も安全な所にいる奴ほど勇ましい事を言う』と書きました。そして翌日、5月9日午後9時からのテレビ朝日の(ビートたけしのTVタックル)で、出演者の一人が『菅首相は権力欲が強く、すべて自分で抱え込む』と言うのを聞いて、私は『この人もお山の大将の一人で、菅首相を理解できない奴だな』と思いました。
 小沢にしろ石原にしろ、政治の世界に棲む者の多くは『安全な場所から国民を鼓舞するタイプ』の人間です。別の言い方をすれば『お山の大将』になりたがる人間なのです。
 
 それに比べると菅首相は宗教家的な人間です。そもそも『最小不幸社会』などと言う政治家は、私が選挙権を持ってから一人もいませんでした。岸も池田も田中も中曽根も小泉も、みぃ~んな独善的で他人の言葉に耳を貸さず、自己の利益を優先して突っ走りました。
 いま、与野党からも経済界からも菅バッシングが起こっていますが、バッシングしている人間は、みんな他人の言葉など聞かないお山の大将的人間なのです。すなわち、そんな奴に菅首相の様な宗教家的政治家を、自分の尺度では理解できないのです。人をかき分け、押しのけ、引きずり落とし蹴落として上りつめた奴には、菅首相は理解できないのです。
 お山の大将には菅首相が何を考えているのか理解できずに疑心暗鬼となり、菅首相は利益誘導型の政治家が信用できません。それが菅バッシングの原因なのです。
 4月13日のブログ『菅退陣を問う愚かなマスコミ』で書きましたが、菅首相の仕事は『(震災で汚れた日本の)まず泥を落とし、雑巾で汚れを拭い、手に持っても相手の手が汚れない様にしない限り、今の日本を他人にゆだねてはならない』のです。できれば、今までのお山の大将的政治家がグシャグシャにした政治の皺も、丁寧にのばしてアイロンをかけてもらいたいものです。
 
 菅さん。あなたの政治家運命は『薬害エイズ』で国の責任を認め、謝った事から始まった。それはあなたの先生。市民派の政治家と言われた市川房江の教えであり、国民こそが主人であるという考え方なのだ。
 私は、あなたが国民を信じ、腹黒きお山の大将を嫌っているのがよく判る。
 そして、あなたは国民の中にも自己中心的なお山の大将の予備軍がいるのを知っていながら、それでも国民を信じようとしている愚直な人だというのも判る。