国は国民と国土とから成る。

 終戦直後の日本はまだ人手が中心の集約型農業であり、大都市も空襲で焼け野原になっていた。東京で働いていて召集された復員兵も、食うために一時的に帰郷した者も多く、故郷でも人手が必要な農作業が沢山あった。都市がふたたび人を集めるようになったのは朝鮮特需がきっかけであったと思う。
 朝鮮特需以後の日本は品質管理の行き届いた近代的工業立国を目指し、都市は地方から大量の労働力を集めだした。継続的労働力としては金の玉子とまで呼ばれた若年労働者を集め、季節労働力としては農家の働き手の男性を集めた。若者と父親の労働力を都市に引き抜かれた農山村では、田畑を爺チャン婆チャン母チャンが維持する3チャン農業になり地方の荒廃がすすむ事となった。
 労働力を失った農山村では、人間の生活圏だけでなく山間部の自然までもが荒廃した。集約型の農業は放置すると、段々式の田畑は崩れたりして周囲の自然にまで悪影響を及ぼし、自然災害を発生させる事もある。
 さて、国家の必須要因とは国民と国土であるはずだが、現在の選挙制度では選挙区の議員定数をそこに住む人口のみで決めてしまう。私はそんな選挙制度に疑問を感じている。人口密度が低く広大な面積の地域から選出された議員が、自分の選挙区内のすべてを把握するのは、選挙区が小さくて議員数の多い都市部よりも困難である。結果的に政治活動に格差を生じ、選挙民も政治の恩恵の格差を肌で感じてしまう。
 現在の日本の様に都市と地方の人口密度の差が大きく、人口密度の少ない地域でも不毛な土地の少ない日本ならば、人口比例だけで議員定数を決めるのではなく、土地の広さも考慮した選挙制度にした方が良いと思う。ひいては、それが中央に声の届きにくい過疎地の意見を吸い上げる事にもなると、私は考える。