『拾った切符 2』

 女はゆっくりと味わうように冷酒を飲み、私はのどの渇きを癒すかのように一気に冷酒をあけた。「お酒、お強いのね。」と言いながらの酌を受け、上品な料理を味わい、二杯目も一気にあけると、不思議な落ち着きが出た。交互の酌の間にポツポツと話は出るが、お互いの素性が判るような話は自然と避け、料理や熱海や近場の観光などの話をし、酌を交わしながら、メインディッシュをひかえた前菜であるかのように食事は進んだ。
 ほどよい量の料理とほどほどの酒を飲み、口をすすぐようなつもりで一口お茶をすすった。酒で不安の消えた今は、このお膳立ての後は当然のごとく、と助平心が頭をもたげてその先を待ち望んでいる。その気持ちを見透かすかのように女が立ち上がり後ろの襖を開くと次の間には床が延べられているのが見えた。女が襖の向こうに消え、顔だけ出すその視線に誘われるように立ち上がりネクタイをはずそうと首に手を持ってきたが、手はネクタイをしていないワイシャツの襟にふれ、戸惑った手を泳がすようにしてボタンを外した。
 ズボンを外すため視線を動かしたとき、目の端で女が布団にもぐりこむのが見えた。それを見ないようにするかのように後ろを向き、ずれないようにぴたりと襖を閉めた。パンツ姿になった時、朝の水便を思い出したが風呂でそこだけは念入りに洗ったのでそのまま女の脇に滑り込んだ。

 腕を女の枕にするかのように頭の下にもぐりこませ、手の平で肩を包むようにし、ゆっくりと女の体を自分に向けさせた。女の浴衣の帯に手を伸ばして浴衣を外す時には勃起した先が女の下腹にふれ、さらに固さを増そうと脈打っていた。
 軽く唇を触れるつもりで顔を近づけると女はするりと身をかわして頭を布団の奥深くに入れるので、慌てて「セックスは男と女のフィフティーフィフティーのボディートークです。私のをなめるのは止めてください。」と制止した。顔を上げた女の目には明らかに?マークが浮かんでいるが、その口からは「それではキスも止めてください。」と、交換条件が出された。軽くうなずいてから肩に手を回し静かに後ろを向かせ、女の腕枕にした手で髪を愛撫しもう一方の手を女の胸から下腹へゆっくりと移動させた。
 女の下腹をまさぐる手で太ももを少し開かせ、その間に勃起したペニスを滑り込ませた。女の尻に自分の下腹を押し付け少し覆い被さるようにして、女が体を支えるために手を布団につく頃合を見図り、女を自分の体の上に乗せるように体を回した。女が慣れているのかあまりにもスムースに仰向けの私の上に仰向けの女が乗り、女の股間に小さな竹の子が生えたように亀頭がある。
 反応の無かった女が、この回転でホフと息をつき、ずれた掛け布団からはみ出した両の乳房を手でかばった。女を腹の上に乗せたまま両肩から乳房に向けて愛撫すると、女は乳房をガードした手を外し、股間に生えた竹の子のような亀頭を愛撫し、クスリと笑い、「私のみたい。」と、小声でつぶやいた。

 自分の首筋付近に枕を立てて女の頭がのけぞらないように肩と首ではさむと、女のかぐわしい髪の香りがした。温泉に入っても髪は洗っていなかったはづ、清潔感が強く印象付けられ、思わず体を丸めるようにして女のうなじから肩先にかけて唇を這わせ、肩を甘噛みすると亀頭をつまんでいた手が止まり、声こそ出さないものの女の鼻息が変わり、感じているのが嬉しく、両手を女の下腹へ伸ばそうとしたが亀頭の指がまた動き出したので秘所まで手を伸ばす事ができなかった。
 腰を両手で押さえてゆっくりと女の体を横に下ろし、女をうつ伏せにして覆い被さるようにのしかかると女は腰を浮かせるようにし、亀頭をまさぐり続けている。片手で体を支えながらもう一方でパンティを後ろから脱がそうとしたが、パンティは女の尻の高みをなかなか超える事ができない。腰を引くと女の手が亀頭を追いかけてきたが尻の高みを超えたパンティがそれをさえぎった。今まで自分の股間に生えた亀頭をまさぐっていた女の手が秘所を開放したので、割れ目をまさぐると充分とは言えないが挿入はできそうなので女を布団の真中の横たえ、パンティを足元から布団の外に押し出した。

 ゆっくりと数回出し入れを繰り返し、亀頭を越える膣口の締まり具合を楽しみ、徐々に深く挿入して天井に突き当たると射精しそうに快感が増幅した。射精をこらえながら気付かれないように枕元に置いたコンドームを手にして袋を破くと「私、ピルを使っているから中で出しても大丈夫よ」とつぶやく。「二回したいので一回目はコンドームを使わせて。二回目の時に流れて布団を汚すといけないから。」この時一瞬女の目が大きくまばたきした。コンドームを付けるのに充分なほど陰茎を濡らし、少しは感じていると思っていたのは男の思い上がりだったか。特に拒否はしなかったが、二度のSEXは考えていなかったこの女に挑戦的気分が沸きあがった。その気分とコンドームのおかげで、爆発寸前まで上昇した気持ちが落ち着き、次の上昇までかなりのピストンとグラインドができ、射精は女の一番奥に勢い良く放出した。射精の瞬間女は私の肩を押して腰を引いた。多分叩かれるような突き上げられるような衝撃を腹の中に感じたのだろう。陰茎の最後の痙攣が止まると静かに引き抜き、コンドームを始末して再度挿入した。

 コンドームの無い陰茎には天井の様子が良くわかり、収まりの良い部分にぽこりと亀頭が収まるとすぐにでも射精しそうなほどの満足感が得られた。ゆっくりと挿入を繰り返すとその度に子宮の右や左に亀頭が収まる。女の呼吸が早まり、女の腰が反応しテンポが上昇してくる。もはや陰茎は自分から動かず、子宮の連打を受けるサンドバックのように翻弄される。一番奥の収まりの良いところに射精したくて女の肩と尻を押さえて思いきり突き進もうとすると、女はさらに強い力で私を跳ね除けるようにして「さわるなー、もーいい。」と言って布団の端でうつ伏せになって果てた。
 陰茎を拭き、女の秘所も拭こうとしたが、「もーさわらないで。」と手で払うので布団を掛けてやるのが精一杯だった。女の反応に満足しつつも二度目の射精ができなかったので静かに襖を閉めてもとの部屋に戻り座椅子にもたれて、今しがたの女の姿を思い出しながら自慰をし射精させてやった。

 物音でうたた寝から覚めると女が着替えを済ませて立っていた。「帰りはあなたとは別の電車です。別々に帰らせていただきます。」と、ビジネスライクに言い、部屋を出た。とっさに私は「とても素敵な思い出です。」と言い、さらに先を続けようとしたが、「宿の方は済んでいます。出るのはしばらく後にして下さい。」と背を向けて行ってしまった。
 別れまでが唐突な感じで訪れたので唖然として切符を見る。あと1時間以上余裕があるのを確認すると少し残っている冷酒を『いったい何だってんだ』と心で叫びながらラッパ飲みした。

 身支度を整え、女より30分ほど遅れて宿を出たが、宿の女将は何事も無かったように丁重に送り出してくれ、「歩いても駅は直ぐですよ」と、駅までの近道を教えてくれた。教えられた通りに、車は通れそうにない路地の坂を下っていくといきなり土産物屋の立ち並ぶ道路に出た。駅のほうに今度は坂道を登り始めて不安を感じ振りかえった。戻って確かめれば判るのだろうが、先ほどの路地がどの土産物屋の脇だったか定かではないような不思議な気分になった。
 駅に入り、指定の新幹線が来るまで待つ間に、今日の出来事を反芻してみた。
 拾った切符で女まで抱けた。これは幸運なんだろうか。それとも、何かの策略に巻き込まれたのか、何かの計画に間違えて紛れ込んだのか、不正な取引の報酬か、ひょっとしたら、本来の当事者でない事がバレたら殺されるかもしれない。棚ボタの幸運は過ぎてしまってから大きな不安を残した。

 新幹線に乗りこんでその不安はさらに大きくなった。自分の席は3人掛けの1番奥になっている。1度は座ったが、後ろと脇に誰か座ったら逃げようがないと頭の中の妄想が渦巻く。取り越し苦労とは思うが何かの事件に紛れ込んでしまったのなら口封じをされてもしかたのない事と、脇の下に冷や汗が流れた。そんな事は無いさと否定してしばらく座っていたが妄想が膨らみ、とりあえず別の車両に行く事にした。もっともらしい理由のつけられる喫煙車がいい。
 指定席の車両を出る時に振り返ると、反対側のドアから数人の男が入ってきて席を探しているのが見えた、それが指定席から消えた自分を探しているように見え、背中に鳥肌が立った。

 足が地に付かぬ思いで数車両を行き過ぎ、混み合った自由席の喫煙車にたどり着き、通路側の空席を見つけて座った。自分の歩いてきた方向の通路を誰かが追ってこないか見張るために、膝を組んで、肘掛に肘を立て、握ったこぶしを顎に当てて、精一杯リラックスしているような姿勢を取った。
 怪しげな人物など現われる様子もないままに東京に着き、新幹線から出ると夕方のラッシュになっていた。人ごみに紛れるように歩き、いつもの感覚が戻ってくると妙に安心できた。帰宅の通勤電車にゆられながらも、この中に今日の俺のような非日常を味わった奴はいないだろうと思いながら、半日の出来事を思い出しては頬の引きつるような笑い顔になる。そして、人波にもみくちゃにされるいつもの感覚に身を任せて、いつものように帰宅した。<BR>

 翌日はいつもならグズグズと寝ている土曜日なのだが、女房もビックリするほど早く目覚め、テレビでニュースを見ていたら女房にチャンネルを切り替えられてしまった。仕方なく新聞を隅から隅まで読んだ。事故や殺人事件は細心の注意で読んだが不審な事件と思えるものは無かった。
 そして、子供と遊んだり早すぎた目覚めの反動で昼寝をする平穏な1日だった。女房には『子供の元気さには負けたよ。』と言い訳をして、うたた寝をむさぼった。
 日曜もそんな1日だった。そして、月曜のタブロイド版の夕刊に通産省の若手キャリアが丸の内の歩道の植え込みの中で死んでいるのが月曜日の早朝に発見されたと書かれていた。記事には、血中アルコール濃度の高い事と、嘔吐物が喉に詰まっている事から泥酔による事故死らしいと報じられていた。
 『役人はいいよな、リストラの心配も無く、親方日の丸で。』と思ったが、その記事の最後は国会議員の収賄事件の捜査に支障が出るかもしれないと締めくくられていた。