『感動を与えたい』??何じゃコリャ!!。

  昨日、オリンピック選手団の帰国記者会見があった。スポーツバカの会見だった。
 
  どんなスポーツ選手の会見でも多くのスポーツマンが言うのが『感動をを与えたい』という言葉だ。お前は日本語を知らんのかと私は思ってしまう。
  感動って与えられるものか?うやうやしく感動しなければならないものか?。頭蓋骨の中まで筋肉のスポーツマンらしい言語能力の低さだと私は思う。
  正しくは『感動していただきたい』とか『感動してください』だろう。
 
  私はスポーツ嫌いだから夏が嫌いだ。必ず高校野球でレギュラー番組が見られなくなる。今年はそれにオリンピックが重なったから、私はテレビから遠ざけられてしまった。
  ゆえに、私からすれば、感動よりも腹立たしさを感じた夏になったので、余計に『感動を与えたい』という言葉に心がささくれ立ってしまった。
 
  ただ1つ感動したのは、体操で内村に逆転されたウクライナの選手の清々しいシーンである。リードしながらも最後の鉄棒で逆転された彼が、屈託のない笑顔で内村に近づいた。私はあの笑顔を絶対に忘れない。

 
  オリンピックの清々しい記憶のもう一つはシドニーオリンピックの柔道の決勝戦であった。日本の選手は片足を怪我していたからそこを攻めれば必ず勝てるのに、その時の白人選手は1度もそんな事をしなかった。
  プロは反則スレスレの技を使ってもかまわないと思う。だってそれで食っているのだから。しかし、アマチュアは武士道・騎士道に通じる心を見せてほしいと思っている私は古いのだろうか。