ベラドンナちゃんが身罷った。

 身罷る(みまかる・死ぬこと)という言葉は知っていても、漢字で見たのは初めてである。ベラドンナちゃんはホンダのシルバーウィング600なのだから、単に壊れたと書けばよいのだが、愛称をつけていたので私の心の中ではすでに人格をもっていた。
 身罷ったのは9月27日午前11時半頃であった。家を出発して立川から新奥多摩街道に入ってしばらく走ったら、信号待ちで計器盤の表示が消えてエンジンも停止した。
 
 前回は電源を入れ忘れたドライブレコーダだったが、今回は録画中のパイロットランプの点灯も確認した。ところが、そのパイロットランプが時々録画スタンバイを表す点滅表示になる。だから、エンジンが停まった時には発電機不良でバッテリーが上がってしまったと思った。
 そこで、バッテリーを外して近くのガソリンスタンドに持って行ったが、あいにくオートバイ用のは無く、そのかわりとして電圧を計ってくれた。すると12.6Vあり、セルが回らない電圧ではなかった。
 もう1度バッテリーを取り付けてキーをONにしたが、やはり計器盤の明かりも点かず、液晶画面も出ない。次はヒューズの点検をした。30Aの予備ヒューズを順次差し替え、次に15Aのヒューズ、更に10Aのヒューズと順次予備と差し替えても、やはり状況は変わらない。
 
 次はキーをONにしたままバッテリーのマイナス側の電極を外したり着けたりしてみたが、スパークの火花も飛ばない。いつも私は乗り終わるとバッテリーを外しておく。そして乗る日に、早朝から数時間補充電をしてベラドンナちゃんに取り付ける。すると、バッテリーを取り付ける時には必ず『パッチ』と火花が飛んでいた。
 だから、キーをONにしているのに火花が飛ばないのは電気が流れていない事になる。取説を読んでみるとメインヒューズがあると書いてある。そこで左側のリアカバーを外して点検してみたが、メインヒューズも切れていなかった。
 ここまで調べて私の手に負えない故障だと判断し、いつものバイク屋さんまで陸送の手配をした。
 
 バイク屋さんに持ち込んで、故障の状況とチェックした内容を話した。それと、9月10日にもECUが動作しない不具合もあったと、その時の状況も話した。
 すると、バイク屋さんが『よく調べてみないと判らないけど、ECU(エンジンコントロールユニット)が壊れた可能性もあるね。』と言ってメーカーに在庫を確認し、値段を調べてくれた。
 ECUのメーカー在庫が最後の1個というのと、工賃込みで9万円少々という事なので、ベラドンナちゃんを直してあげたいという気持ちが切れてしまった。
 ECUを取り替えても直らなければ更にお金がかかるし、直ってもまた9月10日の様な不具合が起きて、その後でECUが壊れたら次はどうにもならないという事である。あまりにリスクが大きいので廃車を決意した。
 
 しかし翌日。ベラドンナちゃんの電気回路の電流をキーのみでON・OFFするのは無理がある。あるいはキーをONにすると大電流を制御するリレーが働くのではないかと考えた。じつは、シルバーウィングの取説には電気系統の図面(配線図)が書かれていないのだ。
 機械物の故障というのはメカニカルな故障が多く、エレクトリカルな故障は少ないので書かれいないのか、最近の乗り物の修理は高度な技術が必要なので、使用者はいじる必要がないと考えているのか判らないが、多くの事がブラックボックス化されている。
 電気系統の故障でベラドンナちゃんを廃車した事が、今もチクチクと心に引っかかり、わだかまっている。また、取説に配線図が書かれていなかった事も、電気に関する仕事をしてきた私には不十分な事しかできなかったという悔しさが残ってしまうベラドンナちゃんの身罷り方であった。