ほぼ1年ブログを更新せずになさけない思いです。

  昨年春からコロナ禍で引き篭もり生活を送る様になり、我が身75年の越し方を考えてみましたが、赤ん坊から成人するまでの約20年間は現在に通ずる思い出と知恵はほぼありませんでした。
  いまここに書けるのは25歳くらいの時に聞いた社長候補の国立大学院卒のお公家さんの血筋の課長との話です。私より数歳年上の課長でした。入社して即課長で、私の様な下級無線屋には理論家だが無線機を直すスキルの無い大嫌いなタイプでした。ですから私はこの課長の話を真面目には聞きませんでしたし、聞くときの態度も悪かったはずです。
  しかし、しかしです。それから50年後の昨年。私はやっとそのお公家さん出身の課長の話が理解でき、すべてが腑に落ちました。一番最初に腑に落ちたのが『Goto政策』です。

 

  50年前、お公家さんの若い課長から『不景気の時には税金から給料の出る役人が金を使え(役人は不景気でも手取り額の低下がないから率先して使え)』と『不景気の時の金の使い方は川上産業で使え(使った金が広くいきわたる使い方をしろ)』それから『金持ちには金を使う義務がある』という話を聞かされました。

 

  『Goto政策』は『不景気の時の金の使い方は川上産業で使え』にあたります。税金で補助するわけですから『不景気の時には税金から給料の出る役人が金を使え』に近い政策でもあります。
  旅行に行くわけですから旅行関係業、交通関係業、宿泊関係業に金が流れます。特に、宿泊業というものはその地域における総合商社の様なもので、地域の魚、肉、野菜、酒などの食品業に金が流れるだけでなく、クリーニングなどの清掃関係や遊戯関係にも金が流れます。宿泊業は地域における川上産業なので、地域の商店に広くお金が流れるのです。

 

  現代の政治家にもそんな常識が語り継がれていて『Goto政策』が実施されたのでしょう。しかし、その常識は50年前の常識であって、感染症大流行のコロナ禍にあっては感染を広げただけの失敗政策だったと思います。ようするに、感染症による不景気は戦後に経験した事のない状況だったという事です。
  『金持ちには金を使う義務がある』という言葉にあたる事例を書いていませんが、それは『明治維新はなぜ起きたか』に関連がありますので次のブログで書きます。